延沢城(のべさわじょう)
延沢城の基本情報
通称・別名
- 霧山城、野辺山城
所在地
- 山形県尾花沢市延沢三日町
旧国名
- 羽前国
分類・構造
- 連郭式山城
天守構造
- -
築城主
- 延沢満重
築城年
- 天文16年(1547)
主な改修者
- -
主な城主
- 延沢氏
廃城年
- -
遺構
- 曲輪、土塁、横堀(空堀)
指定文化財
- 国史跡(延沢銀山遺跡)
再建造物
- 石碑、説明板
周辺の城
-
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延沢城の解説文
[引用元:Wikipedia「延沢城」の項目]延沢城(のべさわじょう)は、日本の城。霧山城や野辺沢城とも呼ばれた。国の史跡に指定されている。
【概要】
・標高297メートルの丘陵の上にあった連郭式の山城。
・城跡(本丸跡)には
・目通り7.35メートル、樹高26メートル、推定樹齢1,100年ほどの大杉(県指定天然記念物)
・櫓門跡や枡形門跡など。
・天人清水(小さな池)。
【沿革】
・1547年(天文16年) - 初代城主延沢薩摩守満重によって築城されたと伝えられている。延沢氏は後に天童八楯の一員。
・1622年(元和8年) - 仕えていた最上家取り潰しにより幕府に没収。
・1667年(寛文7年) - 幕府の手によって城郭は破却されたといわれる。その際、三の丸にあった大手門を尾花沢市龍護寺に移築したものとされる。
・1955年(昭和30年)10月25日 - 延沢城本丸跡の大杉が「延沢城跡のスギ」として山形県指定天然記念物となる。
・1962年(昭和37年)11月27日 - 尾花沢市龍護寺の山門(旧延沢城三の丸大手門を移築)が尾花沢市指定有形文化財となる。
・1985年(昭和60年)12月21日 - 「延沢銀山遺跡」の一部として国の史跡に指定される。[続きを見る]
延沢城の口コミ情報
2020年06月19日 【痛風組】下野守智ぞう
延沢城
あまり期待しないで行きましたが、延沢城の駐車場になっている、公民館を訪ねて職員さんに延沢城に行く話をすると縄張り図&案内図&延沢城の歴史に関する資料を提供くださいました!
資料も案内図や縄張り図もとても見やすく城に行く際には何倍も楽しめる貴重なアイテムになりますのでゲットしましょう✨
駐車場から奥の小学校方面に進むよう案内看板ありますが、
一旦道路に出て銀山温泉方面に50メートルほど歩くと道路沿いに「大手門」の杭ありますんでそこから入っていくと大手門虎口に行く事が出来ます✨
登山道は滑り安くなってますので、溝のある運動靴などを履いて進まれる事をオススメします。
先に行きますと、天人清水方面と本丸方面へ進む道に別れます
そこは天人清水方面に進まれる事をオススメします!
そうしますと、くまなく曲輪を回って本丸に到達出来ますので無駄の動きなく回る事が出来ます✨
本丸付近にある連続する枡形門などなかなか見事です!
あまり知名度が低いながらも遺構も残っており、地域の方も城の保全活動に前向きですし、面白い城です!
帰りに公民館で借りた杖を返しに行ったら麦茶をいれてくださりご馳走してくださいました~!
おもてなし度も高いので来城の際は是非公民館の職員さんに声をかけてみてください
2016年10月16日 大学頭剛太犬@歴読
延沢城
規模が大きく、そこそこ登るので、ある程度の準備をした方がいいと思う。遺構は枡形や天人水近くの堀切に見応えがある。
2012年05月04日 三沢出羽守伊兵衛
延沢城
常磐中学校への入り口に公民館駐車場があります。中学校の脇に本丸への登り口があり、途中で本来の大手道に合流しているようです。297mの古城山に築かれた山城で曲がりくねった急峻な道が続きます。頂上に本丸・ニの丸があり、連郭式の曲輪や桝形門跡などが残ってます。本丸跡には県天然記念物の大スギがあります。駐車場で近所のオジサンにパンフをいただきました。普段は公民館でもらえるとか。