世知原氏館(せちばるしやかた)

世知原氏館の基本情報

通称・別名

(世知原城)

所在地

長崎県佐世保市世知原町中通免

旧国名

肥前国

分類・構造

平城

天守構造

築城主

世知原市正

築城年

応永年間(1394〜1428)

主な改修者

主な城主

世知原氏

廃城年

遺構

曲輪、石垣

指定文化財

再建造物

周辺の城

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世知原氏館の口コミ情報

2024年12月08日 ʀᴇᴅ副将軍
世知原氏館



松浦党に属した世知原氏の居館🏯

オススメ度 ★★★⭐︎⭐︎

築城年代は不詳。応永年間(1394年〜1428年)に世知原市正により築かれたと云われます。

世知原氏は、元々は百枝氏と呼ばれる直谷城の志佐氏一族の家臣でしたが、1581年に志佐氏が平戸松浦氏の配下となると世知原氏もその勢力下となります。
1592年、文禄の役において世知原修理は松浦氏に従って朝鮮に渡っていますが、現地で病死してたとされます。
その後、直谷城の志佐純元の四男である志佐定治は養子として迎えられ、世知原氏の家督を継承し、後に佐川純昌と改称しています。志佐純元は松浦氏からの養子であり、松浦氏の家督乗っ取りによる勢力拡大の様です。
しかし孫の佐川主馬は、所領問題により松浦隆信により改易となりました。

見所
佐々川と支流の北川内川による扇状地に築かれています。
現在は、天満宮と隣接する民家の敷地となっていますが、館を囲む石垣がそのまま残っています。

2012年01月15日 June02
世知原氏館

館跡と詰城跡があります。
館跡は、サイト地図上『天満宮』と隣の民家であり、この一画のみ遺構?と思われる石塁で囲まれています。
民家には、現在も子孫の方が住まわれています。(城山団地住人談)
城跡は、館跡より200m程南にある山で、北斜面は木々により隠れていますが、山肌は崖であり、築城理由が解る気がします。城郭があった頂きは、城山団地として住宅地になっており、遺構は見られ無いものの、子孫の方が建てた『城山供養塔』が、ひっそりと崖際に在りました。
写真は悩んだ末、無難に城山をアップします。

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