山野辺城

(やまのべじょう)

通称・別名

山辺城、小鶴城

所在地

山形県東村山郡山辺町山辺

城郭構造
輪郭式平山城
天守構造
築城主
山野辺氏
築城年
11世紀中期?
主な改修者
山野辺義忠
主な城主
山野辺氏、日野氏
廃城年
元和8年(1622)
遺構
曲輪、土塁、空堀
指定文化財
再建物
石碑、説明板
周辺の城
中野城(山形市) 3.5km
寺津城(天童市) 6.9km
山形城(山形市) 7.0km
高擶城(天童市) 7.7km
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山野辺城口コミ情報

山野辺民部丞義忠様[2013年04月12日]
山辺陣屋の玄関が本丸跡の駐車場に移築されていました。中央公民館の増築によるものです。

山野辺民部丞義忠様[2013年03月16日]
↓の訂正です。
山野辺城趾の碑は一の堀跡の上です。

追加
城の西側には四の堀まであったようです。

山野辺民部丞義忠様[2011年03月21日]
本丸堀は、本丸跡(旧役場)の周囲の道路であったと推察します。以前にも書きましたが、三の丸堀は旧しあわせ銀行裏と弾正淵専念寺前が掘らしく残っています。
山野辺城趾の碑はニの丸内に立っているようです。
碑の書は山野辺氏の子孫によるものだそうです。

山野辺民部丞義忠様[2010年07月14日]
すぐ近くに「高楯城」があった。数年前、安達峰一郎博士の生家付近で建物跡が発掘された。

山野辺城三の丸の堀は現在、水路になっている。

山野辺民部丞義忠様[2010年07月02日]
最上義光の四男、山野辺義忠の居城
最上氏が改易となる張本人
義忠の三男、山野辺兵庫は、水戸黄門に出てくる、水戸家の家老

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