蓮池城(はすいけじょう)

蓮池城の基本情報

通称・別名

所在地

高知県土佐市蓮池字土居

旧国名

土佐国

分類・構造

平山城

天守構造

なし

築城主

蓮池(近藤)家綱

築城年

嘉応2年(1170)

主な改修者

主な城主

蓮池氏、大平(藤原)氏、一条氏、本山氏、吉良氏(長宗我部氏家臣)

廃城年

天正18年(1590)

遺構

曲輪

指定文化財

市史跡(蓮池城址)

再建造物

石碑、説明板

周辺の城

戸波城(高知県土佐市)[4.5km]
吉良城(高知県高知市)[4.5km]
波川玄蕃城(高知県吾川郡)[5.0km]
森山城(高知県高知市)[5.3km]
木塚城(高知県高知市)[7.5km]

蓮池城の解説文

蓮池城(はすいけじょう)は、日本の城。嘉応2年(1170)に成立し、鎌倉時代~戦国時代は大平氏の支配となり、山内氏入国の頃には廃城となった。

概要
蓮池城は高知県土佐市の中心部の西部に位置し、構造は平野の中の小丘陵の平山城である。

歴史・沿革
蓮池氏
蓮池城は、平家の有力家人であった蓮池権守家綱が嘉応2年に築城したものである。

大平氏
・治承・寿永の乱により家綱は夜須七郎行宗に討たれ、蓮池城周辺一帯は近藤国平に与えられた。
・近藤国平の子孫が大平氏を名乗り350年にわたり蓮池城主となる。
・最盛期には多くの国人を従え数々の支城を持つ。
・大平氏は天文15年(1546)に一条氏に破れ蓮池城を失う。

大平後
・1555年ごろ 本山氏が一条氏から奪取
・永禄6年(1563年)に本山氏が朝倉城を失い本拠地の本山に退去し、蓮池城は長宗我部氏の手に落ちる。
・長宗我部氏は四国の覇者となるが豊臣秀吉に破れ土佐一国に減知され、戸次川の戦いで大敗を喫し、関ヶ原の戦いは西軍に付き土佐に生還するも改易される。
・山内一豊入国のころ、廃城となる。

蓮池城の口コミ情報

柴崎安房守幸助様[2017年04月02日]
国道56号線を高知市内から西へ向かう場合、左手に入口がありますが、軽自動車でギリギリなので、車での登城は無理でしょう。なお、近くの「蓮池公園」ではなく「城山公園」の方になるので、ご注意ください。入口からの登りで10分程で主郭部にあたるとみられる山頂に着きます。
城跡は、曲輪の跡らしき様子は確認できますが、公園としての整備によるところもありそうです。一部、遊歩道が通行止めになっているところもあります。

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