蓮池城(はすいけじょう)
蓮池城の基本情報
通称・別名
- -
所在地
- 高知県土佐市蓮池字土居
旧国名
- 土佐国
分類・構造
- 平山城
天守構造
- なし
築城主
- 蓮池(近藤)家綱
築城年
- 嘉応2年(1170)
主な改修者
- -
主な城主
- 蓮池氏、大平(藤原)氏、一条氏、本山氏、吉良氏(長宗我部氏家臣)
廃城年
- 天正18年(1590)
遺構
- 曲輪
指定文化財
- 市史跡(蓮池城址)
再建造物
- 石碑、説明板
周辺の城
-
戸波城(高知県土佐市)[4.5km]
吉良城(高知県高知市)[4.6km]
波川玄蕃城(高知県吾川郡)[5.0km]
森山城(高知県高知市)[5.3km]
木塚城(高知県高知市)[7.6km]
朝倉城(高知県高知市)[8.7km]
佐川城(高知県高岡郡)[11.6km]
井口城(高知県高知市)[12.0km]
潮江城(高知県高知市)[12.9km]
高知城(高知県高知市)[13.2km]
蓮池城の解説文
[引用元:Wikipedia「蓮池城」の項目]
蓮池城(はすいけじょう)は、高知県土佐市にある日本の城。土佐市指定史跡[1]。嘉応2年(1170年)に成立し、鎌倉時代-戦国時代は大平氏の支配となり、山内氏入国の頃には廃城となった。
概要
土佐市中心部の西部に位置し、構造は平野の中の小丘陵の平山城である。
歴史・沿革
蓮池氏
蓮池城は、平家の有力家人であった蓮池権守家綱が嘉応2年(1170年)に築城したものである。
大平氏
- 治承・寿永の乱により家綱は夜須七郎行宗に討たれ、蓮池城周辺一帯は近藤国平に与えられた。
- 近藤国平の子孫が大平氏を名乗り350年にわたり蓮池城主となる。
- 最盛期には多くの国人を従え数々の支城を持つ。
- 大平氏は天文15年(1546年)に一条氏に敗れ蓮池城を失う。
大平氏以後
- 1555年ごろ 本山氏が一条氏から奪取
- 永禄6年(1563年)に本山氏が朝倉城を失い本拠地の本山に退去し、蓮池城は長宗我部氏の手に落ちた。
- その後、吉良親実が城主になる[2]。
- 長宗我部氏は四国の覇者となるが豊臣秀吉に敗れ土佐一国に減知され、戸次川の戦いで大敗を喫し、関ヶ原の戦いは西軍に付き土佐に生還するも改易された。
- 山内一豊入国のころ、廃城となった。
参考文献
- 高知県の歴史 山川出版社 p33、p82年越山の戦いと源平争乱,p133,p151,p152
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蓮池城の口コミ情報
2022年08月06日 やまてつ伊予守
蓮池城
駐車場があるそうですが、分からなかったので、すぐそばのセブンイレブンを利用しました。看板があるので、登城口は分かりやすいです。公園と城址が同じようなので、遺構はほぼ分からなかったです。
2022年04月28日 織田
蓮池城
暑くなると藪蚊🦟が多いので長袖必須登り坂がちょっときついです
2021年12月20日 水野大宰大弐祐利【7】
蓮池城
高知市内から国道56号線を西に、土佐市の消防署裏にこんもりした小山が見えます。そこが蓮池城跡。
城跡全体が公園となっていて、消防署の裏手に駐車場まで完備されてるので比較的探訪しやすいと思いますが、入り口がとにかくわかりにくい!消防署が見えたら西側の細い路地を民家に向かって突っ込むくらいの勢いで左折してください。すぐ右手に駐車場が見えてきます。
高知の城にしては畝状竪堀が見られませんが、見事な切岸が防御の要となっていたようで、駐車場から見える傾斜角半端ない階段上から見下ろすと恐怖を感じるほどです。
ここは1170年頃、蓮池家綱が築城したと伝わり、のち南北朝時代には大平氏、のち長宗我部氏と長い間城としての機能を備えていたとの話です。一時は一條教房もここに迎えたようです。元亀年間には元親の弟吉良親貞がここに入城していたらしいです。
2021年01月30日 刹那F精鋭越前守【】
蓮池城
蓮池城への登城口は消防署の西側にあります。駐車場もあり3台は駐車できます。
2020年12月22日 露原壱岐守胤村
蓮池城
大平正芳(おおひら・まさよし)内閣総理大臣の祖先の城くらいかな情報
2017年04月02日 柴崎権大納言幸助
蓮池城
国道56号線を高知市内から西へ向かう場合、左手に入口がありますが、軽自動車でギリギリなので、車での登城は無理でしょう。なお、近くの「蓮池公園」ではなく「城山公園」の方になるので、ご注意ください。入口からの登りで10分程で主郭部にあたるとみられる山頂に着きます。
城跡は、曲輪の跡らしき様子は確認できますが、公園としての整備によるところもありそうです。一部、遊歩道が通行止めになっているところもあります。