大衡城(おおひらじょう)

大衡城の基本情報

通称・別名

駒場館、越路城、塩浪館

所在地

宮城県黒川郡大衡村大衡字塩浪4-2

旧国名

陸前国

分類・構造

平山城

天守構造

築城主

大衡宗氏

築城年

天文13年(1544)

主な改修者

主な城主

大衡氏、黒川氏

廃城年

天正18年(1590)

遺構

曲輪、土塁

指定文化財

再建造物

石碑、説明板、城郭風建築物(青少年交流館)

周辺の城

中新田城(宮城県加美郡)[12.7km]
城生柵(宮城県加美郡)[13.8km]
古川城(宮城県大崎市)[14.4km]
千石城(宮城県大崎市)[16.0km]
長命館(宮城県仙台市)[16.4km]

大衡城の解説文

大衡城(おおひらじょう)は、宮城県黒川郡大衡村塩浪にあった日本の城(平山城)。別名越路舘。

概要
大衡村中央部の国道4号線及び善川沿いの東側の高台で、船形山や大衡村・大和町の市街地を見渡せる絶景スポットに建つ大衡城は、「大衡城跡」、「大衡城跡公園」、「大衡城青少年交流館」、「大衡村の民俗資料館」と4つ意味のうちのどれか、もしくは複数の意味で呼ばれる。史跡としては本来の大衡城の城跡としての意味があり、大手口は南側に存在していた。廃城となった後に、城址公園として整備された。また、天守閣を模して造った建物は、大衡城青少年交流館で、民族資料館としても利用されている。公園及び周辺はソメイヨシノの桜の名所としても親しまれている。

沿革
1544年(天文13年)黒川氏開祖の下草城主だった黒川景氏の次子で治部大輔の大衡宗氏が築城した。黒川郡大衡村塩浪にあって、越路舘(越路館)または、塩浪館(塩浪館)ともいわれていた。
1590年(天正18年)室町時代中期より数世間、黒川郡北方の鎮に任じたが、大衡宗氏の子・大衡氏胤のとき、葛西大崎一揆で豊臣秀吉の奥州仕置によって所領を没収され滅亡した。
以後、伊達政宗の所領になり、のちに廃城に帰した。延宝年中幕府に提出した仙台領古城書上に本丸東西38間(約68m)、同郭長さ102間(約184m)、横12間、二之郭長さ65間(約117m)、横15間、本丸北方隠居舘東西25間、南北12間とあった。
1968年(昭和43年)10月 本丸跡が城址公園として、整備された。

現在の建物
大衡城青少年交流館は、地区子供会の研修・村内外各種団体の会議・企業の研修等に、宿泊でも日帰りでも利用できる。民族資料展示室では、大衡村の歴史・昔の農具などを見ることができ、開館時間:9:00~16:30で、入場無料である。

事業主体= 大衡村
管理運営= 万葉まちづくりセンター
所在地郵便番号= 981-3602
所在地= 宮城県黒川郡大衡村大衡字塩浪4-2

アクセス
東北自動車道大衡ICから車で約10分...

大衡城の口コミ情報

中務少輔きたろう三世様[2013年07月30日]
天守を模した資料館の増したまで車で行くことはできるが、遺構を見たいなら登城口の駐車場に行くべき。
大手道沿いに櫓や郭があり、厳重な防御が見られる。本丸からは、川に囲まれた要害地形がよく見える。

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