有馬城山(ありましろやま)
有馬城山の基本情報
通称・別名
- 有馬城
所在地
- 神奈川県川崎市宮前区有馬6
旧国名
- 武蔵国
分類・構造
- 平山城
天守構造
- -
築城主
- 窪田又五郎
築城年
- 戦国時代
主な改修者
- -
主な城主
- 窪田氏(後北条氏家臣)
廃城年
- -
遺構
- 消滅
指定文化財
- -
再建造物
- -
周辺の城
-
山田城山(神奈川県横浜市)[2.4km]
荏田城(神奈川県横浜市)[2.8km]
茅ケ崎城(神奈川県横浜市)[3.2km]
作延城(神奈川県川崎市)[3.4km]
枡形城(神奈川県川崎市)[4.7km]
井田城(神奈川県川崎市)[4.8km]
池辺陣屋(神奈川県横浜市)[6.0km]
喜多見城(東京都世田谷区)[6.1km]
大蔵館(東京都世田谷区)[6.4km]
小杉御殿(神奈川県川崎市)[6.5km]
有馬城山の解説文
有馬城山の口コミ情報
2026年07月06日 尼崎城駿河守一口城主
有馬城山
6/8登城。前日のラグビー決勝観戦の翌日、滞在先の川崎からJR南武線で北上し溝の口で東急に乗り換え🚃鷺沼駅より進軍🚶🏻私事ながら未攻略城も含めて有馬城山→山田城山→茅ヶ崎城→荏田城→(東急江田駅)とリア攻め4城ウォークの自称スクエア作戦に挑戦✊
当日は生憎の雨模様でしたが雨にも負けず、前日のラグビー観戦での応援チームの日本一の余韻に浸りながらGマップに従い進軍☔️
お城は丘陵地に構えられていたようで道中起伏のある住宅街を進み、城址まで5分圏内の有馬中央公園🛝(写真①、②)からも写真③→写真④と坂道を進むと生産緑地地区の青看板前(写真⑤)に辿り着きました🟦青看板に向かって左に進むと小さな説明書(写真⑥、⑦)がありました。
有馬城山下城後、山田城山方面を目指す道中、有馬桜橋(写真⑧)を発見。城名と同じ名前が入っていたので狭い水路ながらひょっとしたら堀の痕跡かも⁉️と思い眺めてみました。
2026年07月01日 HAL2000壱岐守
有馬療養温泉旅館[有馬城山 関連施設]
起源は古く、中大兄皇子が活躍していた大化年間に行者「役小角」によって発見されたとの言い伝えがあるそうです。その後いろんな歴史があったそうです(面倒なので端折ります)が、昭和40年に泉源が再発見されて今の療養温泉という佇まいになったそうです。
金色とも言われる茶褐色の湯。鉄分を多く含む温まりやすく冷めづらい温泉だそうです。ぬるくて長湯ができる気持ちいい温泉なので、リア攻めの際には、日帰り温泉にでもぜひ立ち寄ってみてください。
ちなみに「有馬温泉」というと兵庫県がつい思い浮かんでしまいます。宮前区の「有馬」の由来は、「有間」「在間」と書いて丘陵の間にある川・地域という説、古代の朝廷の牧場があり馬がいたという意味で「有馬」という説など、諸説あるそうです。
2026年07月01日 HAL2000壱岐守
寿栄山福王寺[有馬城山 寺社・史跡]
『宮前区歴史ガイドまち歩き』より。
「臨済宗寿栄山福王寺。準西国稲毛三十三所観音霊場第 12番札所。本尊の十一面観音は午年に開帳。創建は天正・慶長(1573~1615)の頃。
寺伝によれば室町時代に鎌倉に創建。享保16年(1731)当地に再興と伝える。境内にあった吾妻権現社は本堂内に移転。建武4年(1337)銘の板碑のほかに、石段下には元禄4年(1691)銘の庚申塔、明治15年(1882)銘の地神塔、秩父・西国・坂東観音巡礼塔がある。」
有馬川を挟んだ向こうの台地までを眺められる見晴らしのいいところにあります。梨畑が周りにたくさんありました。
2026年07月01日 HAL2000壱岐守
有馬神明神社[有馬城山 寺社・史跡]
『宮前区歴史ガイドまち歩き』より。
「有馬村の鎮守。明治43年(1910)に神明社2社と杉山神社が合祀された。50余段の石段はこれら3社のものを合わせて組み上げてある。前身の神明社の創建は文政6年(1823)以前と推定、祭祀は江戸時代より平村の白幡八幡大神の宮司により催行されている。社は天神山と呼ばれる小高い丘の上にあり、眺望がよい。本殿右側に稲荷神社、石段に通じる鳥居の右側に子育て地蔵尊がある。」と記述。
ここにつながる坂は、「神明坂」と名前がついていたり、大きなお神輿がしまわれていたり、地域から大切にされている神社であることが感じられました。
2026年06月30日 HAL2000壱岐守
有馬城山
鷺沼駅から歩きました。有馬川に向けて一度大きく下ったのち、急坂を登った台地の畑があるところがかつて有馬城があったとされる地域。旧字は「城山」。宅地開発される前は、さらに20mほど標高が高かったそうで、かなり広い地域を見渡せる地点だったでしょう。同じ台地には今でも、有馬神明神社や福王寺があり、地域の宗教や祭事において重要なエリアだったことが感じられます。
有馬城の歴史は、戦国時代、後北条氏に仕えた窪田氏の館が置かれたところだそうです。窪田又五郎なる人物が築城したと伝わるそうですが、あまり有名な人物ではないので、詳しく知ることは難しいです。
2024年08月14日 相模守AQUA
有馬城山
住宅街の中にある生産緑地となっています。
2023年11月03日 武蔵守のむげん
有馬城山
近所に用事があり立ち寄ってみたが、畑が広がり説明板があるのみ。周囲より小高い丘になっているので、平山城風の縄張だったのかと想像するしかありませんね。
2022年09月21日 みっちゃん
有馬城山
畑の前にこの碑(?)があります。まわりは特に遺構は見つけられませんでした。
2022年05月04日 きた左馬允ひろ
有馬城山
全くの住宅地(一軒家もの)。歴史を感じとれるものは、見受けられませんでした。丘の上ではあるので、ひたすら想像力で、懐かしみましょう(・・;)
2022年03月08日 式部大輔てつ
有馬城山
住宅街の真ん中の畑に案内板があります。小高い丘になっているので、立地条件は良いのですが、遺構は何も見つかりませんでした。
2021年05月26日 たろ
有馬城山
丘の頂上まで住宅地になっており、地形から城に適した場所だったのだろうと想像するしかなさそうです。
2021年01月03日 【若目付】来冀左衛門尉昌季
有馬城山
正直言ってなんもない感じです。強いて言えば城址があったと見られる場所に瀬戸という地名があります。
2016年08月24日 けんいち
有馬城山
実家の宮前に行く通り道。川崎北高校や有馬神社などが近くにあります。周りはその頃の面影は残ってないんじゃないかな。ただここにそんな時代があった事を知り嬉しく思ってます。










現在は宅地化されており、周辺に遺構などを確認することは出来ない。