高清水城(たかしみずじょう)

高清水城の基本情報

通称・別名

高清水要害

所在地

宮城県栗原市高清水東館他

旧国名

陸前国

分類・構造

平城

天守構造

築城主

高泉直堅

築城年

天文年間(1532〜1555)

主な改修者

主な城主

木村氏、亘理氏、石母田氏

廃城年

遺構

土塁、堀

指定文化財

再建造物

石碑、説明板

周辺の城

宮沢城(宮城県大崎市)[7.1km]
古川城(宮城県大崎市)[10.1km]
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伊治城(宮城県栗原市)[12.4km]

高清水城の解説文

高清水城(たかしみずじょう)は、宮城県栗原市(旧・高清水町)にあった城。

高清水城は戦国大名・大崎氏の城であったが、豊臣秀吉の奥州仕置によって大崎氏が改易されると、木村吉清が新領主となる。

伊達政宗の煽動により葛西大崎一揆が発生すると、高清水城は一揆勢に攻略されたが、秀吉より一揆鎮圧を命じられた政宗によって奪還された。

一揆鎮圧後、政宗が転封されて岩出山城に移ると、高清水城も伊達氏の所領となり、慶長9年(1604年)10月、涌谷城主・亘理重宗に隠居領として与えられる。慶長11年(1606年)、政宗の庶子・宗根に重宗の末娘を嫁がせて婿養子とし、隠居領と併せて亘理氏の名跡を継がせることになった(高清水亘理家。のちに佐沼亘理家)。宝暦7年(1757年)に第5代・亘理倫篤が佐沼城に移されると、高清水城には石母田興頼が宮崎城から入り、石母田氏の居城として幕末に至った。

高清水城の口コミ情報

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