江口城(えぐちじょう)

江口城の基本情報

通称・別名

所在地

大阪府大阪市東淀川区大桐4

旧国名

摂津国

分類・構造

平城

天守構造

築城主

三好政長

築城年

不明

主な改修者

不明

主な城主

三好氏、中川重清

廃城年

不明

遺構

消滅

指定文化財

再建造物

周辺の城

守口城(大阪府守口市)[1.9km]
新庄城(大阪府大阪市)[2.5km]
葱生城(大阪府大阪市)[2.7km]
吹田城(大阪府吹田市)[3.5km]
柴島城(大阪府大阪市)[4.0km]

江口城の解説文

江口城(えぐちじょう)は大阪市東淀川区の旧江口村周辺にあったと言われている城。

概要
江口の戦いで有名な江口城であるが、沿革、城郭や正確な場所については不明な点が多い。東淀川区史によると築城主は三好政長で、江口の戦い以前も築城されていたのかは不明である。この戦いが終わった後に三好長慶の手に渡り、その後中川重清(中川清秀の父)が城主となったようである。明治時代初期に執筆されたと思れる『東摂城址図誌』によると、安永5年(1776年)の正月に江口村が火災にあい記録が消滅してしまったと記載され、詳しい資料はほとんど残っていない。廃城に関しては不明である。

城郭に関しては、東淀川区史によると旧厳島神社(厳島神社は明治42年(1909年)6月大隅神社に合祀されている)周辺もしくは旧田中邸が想定されるとしている。また『東摂城址図誌』では広域に江口村を想定している。この地域は明治時代迄に江口村という集落があったが、今の地形とは大きく異なる。これは明治22年(1889年)の近代の淀川改修事業で淀川の流域が大きく変化したためである。北側を流れる神崎川は現在よりも川幅が広く、東南を流れる淀川は逆に狭かったと思われる。江口村はこの三方向を川に挟まれるデルタ地帯で、『東摂城址図誌』の絵図によると、この神崎川の南一帯に江口村があり村の中には堀もしくは川の支流のようものが記載されている。しかしこの絵図にも同地域の大部分はすでに宅地、耕地化されており当時よりすでに城跡をしのばせるものは少なかったと思われている。

唯一、城内にあったと伝承されている「江口」と記載された狛犬が大隅神社に移築されている。



大隅神社へのアクセス

電車でのアクセス
 大阪市営地下鉄今里筋線瑞光四丁目駅
 徒歩 約10分
車でのアクセス
 阪神高速道路12号守口線守口出入口→国道1号→国道479号→大阪府道16号
 境内に参拝者用有料駐車場有

江口城の口コミ情報

若狭守次郎吉様[2016年10月09日]
大阪市営地下鉄今里筋線 瑞光四丁目駅から徒歩10分程のところにある大隅神社付近に江口城はあったと云われています。古文書の燃失により詳しいことは分かっていないそうです。また、宅地化されていて遺構も特に残っていません。

ただ、大隅神社境内にある狛犬と灯籠に「江口」という文字が刻まれており、伝承では城内にあったものを大隅神社に移築されたらしいです。

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