勝山城(かつやまじょう)

勝山城の基本情報

通称・別名

滝谷城

所在地

新潟県刈羽郡刈羽村滝谷

旧国名

越後国

分類・構造

山城

天守構造

築城主

不明

築城年

不明

主な改修者

主な城主

野呂氏、斎藤氏

廃城年

遺構

曲輪、堀切、横堀(空堀)

指定文化財

再建造物

模擬天守(ミニチュア)、説明板

周辺の城

椎谷陣屋(新潟県柏崎市)[3.1km]
赤田城(新潟県刈羽郡)[4.9km]
小木ノ城(新潟県三島郡)[11.0km]
桝形城(新潟県長岡市)[11.0km]
北条城(新潟県柏崎市)[11.7km]

勝山城の解説文

勝山城跡は標高約100mで、宮川の海岸より約1.6km内陸の地点にあり、西方には日本海・佐渡・米山が見え、東方には刈羽平野を見下ろし、その先の山並みに小木(おぎ)ノ(の)城跡(じょうせき)(出雲崎町)、二田(ふただ)城跡(じょうせき)(西山町)、赤田城跡や赤田古城跡が遠望される。

この城についての文献が乏しく、築城時期や築城者等についての詳しいことはわかっていないが、文治(ぶんじ)(1185~1190)年中、城(じょう)義資の一将野呂(のろ)一伯(いっぱく)がこの勝山城を居城にしたと伝えられている。城氏は平安時代末期から鎌倉時代初期の越後の豪族で、下越地方を根拠地に越後を支配していたが、後に佐々木(ささき)盛綱(もりつな)に滅ぼされた。城氏の滅亡とともに野呂氏も衰亡し、その後勝山城は佐々木氏の一族である竹俣(たけまた)氏の居城となった。その後上杉氏の頃、その臣下赤田城主斎藤下野守の番城となった。

頂上本丸跡は長さ26m、幅19m、ここから3本の尾根が延び、それぞれに郭や空堀などがある。現在残っている地名や小字名に東城、西城、駒見平(こまみだいら)、御倉、柳清水(やなぎすんず)、城ノ前、城ノ越、城ノ割、春日田(かすがでん)、葭ヶ入(よしがいり)、的場(屋号)などがある。

情報提供:刈羽村教育委員会

勝山城の口コミ情報

まー武蔵守様[2017年05月21日]
県道23号線を椎谷陣屋側から行くと右折し林道 大湊線に入る。道幅一台分しかないが対向車は居ませんでした。しばらくすると左側に駐車場有り。トイレなし。勝山城趾遊歩道案内図を参考にし登城する。徒歩約3分でミニチュア模擬天守に到着。途中堀切?という場所もあったが藪で分からず。緩やかな坂道でキツいようなところは何処にもありませんでした。

安田式部大輔秀元様[2017年03月30日]
本丸にある標柱と解説板は文字が薄れて、かなーり読みづらくなってます。

傾奇揚げ仙兵衛様[2011年04月28日]
確かに滝谷と言う地に有りますが案内標識や全てに『勝山城』と書かれているので『滝谷城』と標記しているのは当サイトだけかも?
本丸には模擬天守ならぬ模擬ミニチュア天守がある。

んな摂政な!マイリバ様[2010年06月28日]
標柱、解説板に加え、堀切や曲輪跡も残っていますが、この城の目玉は何と言ってもミニチュア版模擬天守
他の城では撮れない太秦チックな記念写真が撮れます
余談ですが、拙者の先祖は北条の滅亡後、この城の近くで上杉氏への仕官の機会を待っていました
上杉氏の会津転封により、道は断たれましたが、初志を貫き、越後の新領主・堀秀治の招聘は固辞し続けたそうです

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