桐山城(きりやまじょう)

桐山城の基本情報

通称・別名

木井ノ山城、磯部ノ城

所在地

鳥取県岩美郡岩美町浦富

旧国名

因幡国

分類・構造

山城

天守構造

築城主

塩治高貞

築城年

南北朝時代以前

主な改修者

山中鹿助

主な城主

塩治氏、山中氏、垣屋氏、池田氏

廃城年

慶長5年(1600)

遺構

曲輪、櫓台

指定文化財

再建造物

説明板

周辺の城

二上山城(鳥取県岩美郡)[5.1km]
太閤ヶ平陣(鳥取県鳥取市)[9.8km]
鳥取城(鳥取県鳥取市)[10.7km]
丸山城(鳥取県鳥取市)[10.8km]
芦屋城(兵庫県美方郡)[12.0km]

桐山城の解説文

桐山城(きりやまじょう)は鳥取県岩美郡岩美町浦富に存在した戦国城郭。浦富海岸の背後にそびえる標高203mの木山に築城された。但馬から因幡にかけての海岸線に多く存在する海賊城の一つで、但馬・因幡の海上交通路を扼する要衝だった。

歴史
因幡志によると、塩冶高貞による築城とされており、それに従えば南北朝期以前の築城ということになる。
天正年間に尼子氏再興を期す山中幸盛が砦を築いた。
1581年(天正9)の羽柴秀吉による鳥取城攻略の後は、但馬水軍を率いて早くから秀吉に協力した垣屋光成が城主となり、因幡岩井郡(巨濃郡)1万石を領した。
1600年(慶長5)の関ヶ原の戦いに際して、2代城主の垣屋恒総は西軍に属して改易され、桐山城は廃城となる。
1617年(元和3)に鳥取城に入った池田光政は、浦富に家老の池田政虎を配した。
1632年(寛永9)に池田光政との国替えで鳥取城に入った池田光仲は、浦富に家老の鵜殿氏を配し、桐山城下の垣屋氏居館跡に陣屋を構築した。以降、幕末まで浦富は鵜殿氏による支配が続いた。

構造
桐山城の構造
山頂部に主要な曲輪が存在するが、全体的に簡素な陣城的な作りである。
主郭は南北に細長い154mの瓢箪型をしている。主郭の北側に物見櫓が存在したと考えられる23m×4.5mの土壇がある。
主郭の中央部から東方に谷が落ち込んでいるが、その谷を囲む形で主郭の北端から北翼8郭、主郭の南端から南翼5郭が配置されている。
中腹にもいくつかの小曲輪がある。
城の東を大手としており、垣屋氏の居館も東麓に置かれた。
城の西尾根には何の工作もされておらず、ほぼ無警戒である。

長谷の御屋敷
桐山城の東方5kmほどの長谷集落に「御屋敷」と呼ばれる石塁が残っている。鳥取県下では珍しい穴太積みの石塁である。垣屋恒総が築城途中で関ヶ原の戦いに遭遇し、そのまま工事が中断されたと伝えられている。...

桐山城の口コミ情報

カーネル様[2012年07月27日]
JR岩美駅から登山口まで徒歩30分(私は道に迷って40分)頂上まで30分です

登山道は整備がされておらず、道が見えない箇所多数あり。頂上も地面が見えない状態

山に慣れてない人だと道に迷います(迷いました)

蜘蛛の巣がハンパないです

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