鶴丸城(つるまるじょう)
鶴丸城の基本情報
通称・別名
- 鶴丸館、鶴舞城、岩ヶ崎要害、岩ケ崎館、岩ヶ崎城
所在地
- 宮城県栗原市栗駒岩ケ崎裏山
旧国名
- 陸前国
分類・構造
- 山城
天守構造
- -
築城主
- 富沢道祐
築城年
- 南北朝時代
主な改修者
- -
主な城主
- 富沢氏、伊達氏、石母田氏、田村氏、古内氏、茂庭氏、中村氏
廃城年
- -
遺構
- 曲輪、土塁、堀切、井戸跡、土橋
指定文化財
- -
再建造物
- 石碑、説明板
周辺の城
-
津久毛橋城(宮城県栗原市)[4.1km]
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姫松館(宮城県栗原市)[10.1km]
渕牛館(宮城県栗原市)[12.7km]
二桜城(岩手県一関市)[14.5km]
一関城(岩手県一関市)[15.4km]
金沢城(岩手県一関市)[16.2km]
半目館(岩手県一関市)[16.8km]
高清水城(宮城県栗原市)[20.2km]
柳之御所(岩手県西磐井郡)[20.7km]
鶴丸城の口コミ情報
2026年03月29日 さよなら式部少輔急行津軽
鶴丸城
今回は蛭子公園の駐車場(7枚目 駐車場の案内板)に停め、前回見られなかった二の丸と三ノ丸へ行きました。
二の丸(1枚目)は、特に案内板はありませんでした。二の丸東側には竪堀(8枚目)がありました。
三ノ丸(2枚目 三ノ丸へ登る道、3枚目 三ノ丸の東屋、4枚目 北側の曲輪、5枚目 曲輪の北端)は3連の曲輪でした。
三ノ丸から東に行くと秋葉神社(6枚目)がありました。地図だとこの先は児童公園しかなさそうだったので、秋葉神社から駐車場に引き返しました。
2026年01月25日 さよなら式部少輔急行津軽
鶴丸城
昨日は天気がよく、鶴丸城跡を存分に歩き回ろうと思ったのですか、朝までの積雪が残っており(くるぶし位の深さ)、本丸跡(6枚目 案内図のA郭)の一部を歩いたにとどめました。
本丸跡下の駐車場(5枚目)は、積雪のため地面の状況が不明でしたが、スタックせずに停められました。本丸跡への階段は、コーンとポールでふさがれていたので、車道を通り、本丸跡と蛭子公園との分岐点から本丸跡への道を登って着きました。
(6枚目案内図、3枚目石碑、4枚目本丸跡からの眺め)
トイレを探しに奥の駐車場(1枚目)に向かいましたが、冬期間のため、トイレは閉鎖されていました。(トイレは山の駅くりこま で借りました。)
(2枚目 奥の駐車場から本丸跡への道)
2024年02月05日 気分爽快左馬助
鶴丸城
帰りの電車の時間が迫っていたので、急いで回ってしまったが、この城は時間をかけてゆっくり見て回る価値ありです。
桜の名所らしいが、城好きには積雪の無い時期の冬一択です!
①駐車場の先はいきなり主郭。
②主郭の西には技巧的な枡形のような地形。
③②の先の郭は急峻な切岸。一部崩れている。
④主郭東の堀切。深い!
⑤案内図では二の丸とある郭から畝上竪堀を眺める。
⑥⑤の竪堀を近くから。滑り台かと思った。
⑦案内図では三の丸とある郭には幅広の堀切。
⑧⑦から向かいの竪堀を眺める。
2023年12月28日 ᴿᴱᴰ副将軍
鶴丸城
葛西氏家臣の富沢氏の居城で豊臣秀次も布陣した巨大山城🏯
オススメ度 ★★★★★
築城年代は不詳。南北朝時代に富沢道祐によって築かれたと云われます。
富沢氏は、葛西氏の庶流とされ、1351年の岩切城の戦いによる戦功として三迫富沢郷を拝領し、富沢氏を称したのが始まりとされます。
富沢氏は鶴丸城を築いて居城とし、富沢道祐を祖として明岩、直家、直綱、直景と五代続きました。
しかし1590年の葛西大崎一揆において、富沢直景も葛西氏旧臣として奥州仕置に反発し一揆方として加わるも佐沼城での戦いで討死。富沢氏は滅亡しました。
1591年の九戸政実の乱の際には、奥州仕置軍の総大将である豊臣秀次の陣所となり九戸氏を鎮圧しました。
その後、江戸時代には仙台藩伊達領となり伊達政宗の五男である伊達宗綱が入封し、岩ヶ崎要害として居城としました。
1618年に伊達宗綱は後継が無いまま没したため、伊達政宗の六男である伊達宗信が継承して入城しましたが、1627年に伊達宗信も後継が無いまま死没したため岩ヶ崎伊達氏は断絶。
その後は、石母田氏、田村氏、古内氏、茂庭氏と続き、1694に中村成義が入部すると中村氏が代々続き明治を迎えました。
見所
三泊川左岸の標高101mの丘陵上に築かれており、東西に約650m、南北に約400mにおよぶ連郭式の巨大山城です。
最高所に主郭を置き、南東へ伸びる尾根筋に郭が連なります。
主郭は高さ約8mの鋭い切岸で南側に桝形虎口が開口し、その先に小郭群が連なり竪堀状通路と続きます。
主郭の東は二郭があり間は深い堀切で遮断されます。その先に帯郭の下には七条の畝状竪堀群が緩斜面にあり末端は横堀となっています。
その先に三郭、四郭と続き、派生した尾根筋にも郭群が展開されています。
畝状竪堀群は、九戸政実の乱の際に豊臣秀次が布陣した際に築いたものと考えられています。
新緑でモフモフの時期でしたので冬期に再訪したい山城です。
行き方は、館山公園として整備されており、栗駒小学校の西側から主郭すぐ下の駐車場まで車で登ることができる超お手軽物件です。
2010年06月07日 シャド陸前守
鶴丸城
詳細な道案内看板は岩ヶ崎小学校東側のプール脇にあります
小学校からは西へ向かい道なりに右折を繰り返すと辿り着きます
本丸跡地まで車で行けますし ベンチもありますのでオススメです
鶴丸城の周辺スポット情報
畝状竪堀(遺構・復元物)
虎口(遺構・復元物)
曲輪(遺構・復元物)
曲輪(遺構・復元物)
二の丸(遺構・復元物)
三ノ丸(遺構・復元物)
案内板(碑・説明板)
石碑(碑・説明板)
案内板(碑・説明板)
東側登城口&案内板(碑・説明板)
里谷森館(周辺城郭)
里谷城(周辺城郭)
田中館(周辺城郭)
黒岩館(周辺城郭)
八幡館(八幡楯)(周辺城郭)
臥牛館(臥牛楯)(周辺城郭)
猿飛来館(周辺城郭)
大原木館(大原木楯・鈴木館)(周辺城郭)
森館館(周辺城郭)
要害内館(周辺城郭)
大平館(周辺城郭)
玉の井館(周辺城郭)
松倉館(周辺城郭)
小倉館(周辺城郭)
岩ノ目館(立野目館)(周辺城郭)
万代館(周辺城郭)
白岩館(周辺城郭)
野沢館(周辺城郭)
保呂羽館(保呂羽楯)(周辺城郭)
秋葉神社(寺社・史跡)
トイレ(トイレ)
駐車場(駐車場)
駐車場(駐車場)
蛇田山空濠(その他)
木鉢番所(その他)
二の丸登城口(その他)









