蒲原津城(かんばらのつじょう)

蒲原津城の基本情報

通称・別名

所在地

新潟県新潟市中央区上所上

旧国名

越後国

分類・構造

平山城

天守構造

築城主

小国政光

築城年

建武2年(1335)

主な改修者

主な城主

小国政光

廃城年

興国2年(1341)

遺構

消滅

指定文化財

再建造物

周辺の城

新潟城(新潟県新潟市)[1.4km]
木場城(新潟県新潟市)[8.2km]
大関城(新潟県新潟市)[13.2km]
沢海城(新潟県新潟市)[13.9km]
新津城(新潟県新潟市)[14.1km]
長場館(新潟県新潟市)[16.4km]
東島城(新潟県新潟市)[17.1km]
城山館(新潟県新潟市)[17.3km]
護摩堂城(新潟県南蒲原郡)[21.7km]
安田城(新潟県阿賀野市)[23.1km]

蒲原津城の解説文

蒲原津城(かんばらのつじょう)は、現在の新潟県新潟市中央区上所上にあった日本の城。現在金宝寺の敷地となっている。

歴史
南北朝時代の建武2年(1335年)、小国政光により下越の南朝方諸将の拠点として金宝寺の建つ金鉢山に蒲原津城を築城された。

小国氏をはじめ、池氏、河内氏、風間氏、於木氏、千屋氏、高梨氏ら南朝方の拠点として機能していたが、暦応4年(1341年)6月、北朝方によって落城した。

以降は越後は北朝の支配下となり、蒲原津城は金宝寺ともども廃棄された。

金宝寺は戦国時代末期に上杉謙信によって再建された。

蒲原津城の口コミ情報

2010年08月23日 あと2城副将軍マイリバ
蒲原津城

天地人放映中には幟ぐらい立っていたのか気になるところですが、小国家ゆかりの城跡も今は金宝寺の敷地内になっており、特筆すべき遺構はないようです(夜襲故に確認できなかっただけかも?)
せめて近くのビッグスワンでアル「毘」レックスのサポートでもして、上杉の魂を感じてみてください
拙者は川崎撃破の余勢を駆って攻略いたしました

「ニッポン城めぐり」を始めるには?

「ニッポン城めぐり」は、iPhone・androidの両アプリに対応。
利用料金は無料、アプリ内の課金も一切ナシ!いますぐ城めぐりを始めてみよう!

スマートフォンからのアクセス方法

app store app store  ■iPhone
 AppStore で「ニッポン城めぐり」を検索。

google play ■Android
 Google play で「ニッポン城めぐり」を検索。

スマホを持って城をめぐろう!スマホでお城スタンプラリーゲーム「ニッポン城めぐり」 ニッポン城めぐりとは? GooglePlay Appstore