勘次ヶ城(かんじがしろ)

勘次ヶ城の基本情報

通称・別名

勘次が城、山崎石塁、山崎の石塁

所在地

長崎県五島市富江町岳山崎

旧国名

肥前国

分類・構造

防塁

天守構造

なし

築城主

不明

築城年

不明

主な改修者

主な城主

不明

廃城年

遺構

石塁

指定文化財

県史跡(山崎の石塁)

再建造物

周辺の城

石田城(長崎県五島市)[12.7km]
権現鼻台場(長崎県五島市)[29.6km]
志々伎館(長崎県平戸市)[89.0km]
神浦城(長崎県長崎市)[89.6km]
鳥越城(長崎県西海市)[90.9km]

勘次ヶ城の解説文

富江町の東端、山崎の海岸に地元民からは勘次ヶ城と呼ばれる石塁がある。

石塁はほぼ長方形の構造をしており、入口は一箇所で東北15間(約27m)、東南22間(約40m)、壁の高さ約3.6mの構造物が現在も残されている。

この勘次ヶ城を築いた石はすべて古来日本の築城に用いられた大石ではなく、一人の力で処理しうる石を用いてあり、かの石塁の名勝の謂われである大工の勘次が、カッパと共に1人で造ったというのはここに由来するのであろう。

これら石塁の城壁はその他の城壁の東端から海岸まで幅一の石垣を築いてあり、かつ平行に造ってあることから、往事は海岸に至りて様々な用を便した所であると推測され、東シナ海を暴れまわった倭寇の築城であるという説が有力である。

情報提供:五島市富江支所市民生活課

勘次ヶ城の口コミ情報

【大留守居】征夷大将軍クララ姫様[2015年12月15日]
鬼岳温泉入浴中に地元男性から勘次ヶ城の話を聞くと「あれは城なんてもんじゃない、倭寇(海賊)の強奪品保管庫だ!」と叱られてしまいました(。-_-。)

June02様[2012年01月15日]
鬼岳が見える風光明媚な海辺のサイクリングロード脇(可)に、室町〜戦国時代の海賊『倭冦』が拠点として、火山礫で長方形状に築いた石塁です。
幕政時代には、松浦藩の密貿易拠点でもあったと云われてます。
周囲には、石塁の1/10ミニチュア、倭冦像及び三種の説明板が色を添えてます。
石塁の写真をアップします。
岸近くの海上灯台は、『八幡瀬』と呼ばれる暗礁であり、当時、座礁船の強奪を行う一方、天然防御でもあったのでは?と推測しています。
勘次ガ城の名称は、伝説からの呼称です。(有)

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