紫波洲崎城(しばすざきじょう)

紫波洲崎城の基本情報

通称・別名

所在地

宮崎県宮崎市大字折生迫字上白浜

旧国名

日向国

分類・構造

山城

天守構造

築城主

長井氏

築城年

応永年間(1394〜1428)

主な改修者

主な城主

長井氏、川崎五郎左衛門(伊東氏家臣)、上井氏(島津氏家臣)

廃城年

元和元年(1615)

遺構

曲輪、横堀(空堀)

指定文化財

市参考文化財

再建造物

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紫波洲崎城の口コミ情報

2022年08月20日 龍馬備中守【】
紫波洲崎城



宮崎県の宮崎市にある【紫波洲崎城】と北側の島(青島神社)♪
歴史詳細が無かった為、口コミ入れます♪
西に突浪川を天然の堀として、この突浪川の河口☆日向灘に突き出す形で標高62mの城山に立地します☆北側は青島(青島神社も望める)、東側は日向灘を一望できる断崖絶壁という天然の要害上に築造されました♪こんな立地条件なので、日向灘(青島の港)を治めた城郭だったのでしょう☆

主要部はコの字型に築かれた郭を中心として西側に段郭を数段構えています♪大手向きもこちら側からでしょう♪

戦国時代には伊東四十八城の一つに数えられていますが、古くは文安元年頃に長井式部少輔が城主であったと伝わっています♪

その後は日向・伊東氏が飫肥地域に勢力を伸ばした事で、この紫波洲崎城も伊東氏の属城となり家臣・川崎五郎左衛門が城主となっています☆

紫波洲崎城は伊東氏と薩摩国・島津氏の争奪戦の舞台にもなっています☆天正5年に伊東氏は島津氏によって豊後国に追われると島津家臣・上井薫兼が城主へ☆紫波洲崎城を守備しました☆子には上井覚兼がいますね☆
更に天正15年、秀吉による九州征伐が行われた後は再び伊東氏が支配☆
伊東氏🆚島津氏の争った紫波洲崎城、江戸時代に入り伊東氏の城郭として機能しましたが…元和元年の一国一城令によって廃城となっています☆

青島神社は紫波洲崎城の北方1キロ位の青島に立地します♪周囲を鬼の洗濯板と呼ばれる波状岩に囲まれています☆島全体を神域としている為、江戸時代まで全島が禁足地とされていました♪※今は入れます✨
平安時代頃からあったと云われている青島神社ですが、戦国時代は文亀3年に伊東尹祐によって再興されて以降、伊東氏飫肥藩の篤い崇敬を受けていた様です☆この飫肥藩時代には藩士の中で1人を島奉行に任じていました☆

現在、主郭には仏舎利塔が建っているのと、この伊東氏と島津氏の争いで亡くなった人を祀る墓が置かれています☆

2019年01月10日 黄金色の稲征夷大将軍クララ姫
紫波洲崎城

【犬連れ宿泊情報】
城下の青島から徒歩5分にある『ペンション青島』さん。観光客やサーファーで賑わうお宿です。

2018年06月24日 井能日向守忠敬
紫波洲崎城

近くにキャンプ場や海水浴があります。ここは、昔殺◯事件があったとか、カップルで行くと別れることになる、とか言う話があります。

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