帰蝶の行方は!?(2024/09/26)
帰蝶の生涯はどのようなものだったのか?
信長の正室として著名な存在ながら、織田家への輿入れ後は確かな資料にほとんど登場しない帰蝶(濃姫)。
では、濃姫はその後いったいどのような人生を送ったと考えられるか?
[投票実施期間]2024年09月26日~2024年10月28日
1.女性が資料に登場しないのはよくあることで、平穏に天寿を全うしたと思われる。 |
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2.何不自由ない生活を送っていたが、本能寺で信長と運命を共にしたと思われる。 |
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3.本能寺の変時は安土城におり難を逃れたが、後に出家または自害したと思われる。 |
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4.父・斎藤道三の死により政略結婚の意義を失い、信長から離縁されたと思われる。 |
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5.記録があまりにも少ないことから、輿入れ後ほどなくして病死したと思われる。 |
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6.その他 |
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「ニッポン城めぐり」利用者のコメント
いずみ安房守(6を選択)
離縁はされないが特段目立つこともなく、本能寺の変の頃には何らかの理由で既に亡くなっていたような気がします。
浮浪人相模守(5を選択)
子ももうけてないので早めに亡くなってるのか
昼から明るい昼行灯(6を選択)
4と5の間。輿入れすぐではないが、次第に存在感を失い、美濃攻略以降に病死とか
トムトム秋田城介(2を選択)
本能寺に同行していたとは考えられないが、それ以前に亡くなっていれば、信長の政略婚をしているだろうし、生きていれば菩提寺を造り名を残す寺になっていただろう。
同時期に亡くなっていたと推測される。
森右京亮小鉄之助(2を選択)
2が歴史話的には一番良いかな
地下城主ひねもぐら武蔵守(6を選択)
ほぼ考えられないことだけど破天荒であって欲しいですね。九鬼水軍から船を借用して海へ~。そのあとは思いつかないでぇす!
元気ですか。 やすし修理大夫(6を選択)
岐阜に戻って道三の墓守をした。
みっちぃ雅楽允(6を選択)
本能寺の変で自害していたらどこかしらの寺で供養しそうなので、信長の遺体が見つかっていないことから首を持ち去り隠遁したのかも。
相模守謙龍(5を選択)
いくらなんでも記録がなさすぎる
竹中河内守じゅん兵衛(2を選択)
こうあってほしいという願望
明日は晴れるかな(2を選択)
2番。このほうが帰蝶さんらしくていいんじゃないかな?
田安左近衛少将瞬菜(1を選択)
秀吉や家康は織田家のメンバーを迫害していない。京都や美濃で平穏無事な生涯を全うした
紫の道の太政大臣天使達(6を選択)
本能寺の変の後に安土城から脱出し、太田牛一に信長公記に載せないように頼んだ!
ゆきしろ(1を選択)
安土城には行かず、岐阜にとどまっていたのではないかと想像します。本能寺の変のときには、或いは安土城の完成のときには、もうこの世にいなかったのかもしれないような気もします。
聖戦士尾張守ヒロフミ【✤】(2を選択)
この可能性が高いかな❓
播磨屋大蔵卿(1を選択)
そうであって欲しいなあという願望込みで。
kom@ 安房守(1を選択)
映画とは違う結末
でもこういうのもありかも
史実に思いを馳せながら
あんみつ姫(3を選択)
戦略結婚の関係ですから、死まで共にしたとは考えにくいです。
牧 土佐守 隼人(3を選択)
出家した…と思いたい。
明石家船上(1を選択)
斎藤利堯、斎藤利治という異母兄弟が織田家で信長、信忠、信孝に仕えていたので、粗略にはされていない。かえって、美濃を治る上で、大切にされていたのではないか?
九長淡路守秀真(3を選択)
こうであってほしい(願望)
津軽宮内大輔藤原信建朝臣(1を選択)
願望としては、2…。
しー図書頭(1を選択)
そうであって欲しいから。
外離兵庫助熱派(6を選択)
実は信長は死んでおらず、濃姫と共に海外へ旅立ったと思われる。
中村主水(4を選択)
彼女は信長との間に子が生まれなかったこと、父の死に伴い政略結婚の意義を失ったことで、信長との関係が悪化し、離縁。
よって、織田家の資料にはその記述が乏しいのだと考える。
黒りき備前守(1を選択)
1の生涯だったと思いたい。
ミサミサ内蔵頭(1を選択)
確実ではないが、本能寺の変以降、織田信雄の元に安土殿と呼ばれた女性がいたと記載がある。
(株)在五右近衛中将業平ちゃん(1を選択)
信長ほどの独裁者の妻ならば、でしゃばらぬ様にも心掛けていたのかも…。素人目には資料の信憑性までは論じられぬが、あつち殿の記載は帰蝶でよいかと。
コール(5を選択)
女性の資料が少ないとは言え、信長クラスの妻にしては少な過ぎる
眞田左衛門佐十兵衛(3を選択)
こうなってもらいたい願望も込めて③
マット玄蕃頭マートン(1を選択)
『安土殿』の記述を信じるならこれか?
日向夏隠岐守(1を選択)
化粧料貰って過ごしてたんじゃないかな?
側室ばかり子ども出来たから距離置いてた感はある。
赤鷺ノ宮右兵衛佐武尊(3を選択)
実際には存在も危ぶまれる。
志摩守ニコちゃん(2を選択)
共に自害が綺麗な話です
治部丞ともとも(3を選択)
2、4、5であれば信長生前の為信長公記に記録されていると思われます
なので、1、3のどちらかと想像しました
宮内少輔たわっし(4を選択)
子供の頃読んだ信長の伝記漫画では、本能寺まで一緒にいました
Lureman(6を選択)
不老長寿の薬を手に入れ、幕末まで人生を謳歌した。
明石左大臣則実(1を選択)
大徳寺総見院の過去帳に、信長御台所が慶長17年に亡くなったと書いてますね。なので、無事に天寿を全うされたのかなと(^^)
真田左衛門佐 信繁(1を選択)
ゆっくりと弔いをしながら余生をおくったと思う。
巨福呂勘解由長官充流(1を選択)
そうであってほしい…
【修理亮】3太郎(1を選択)
巷間、よく言われるように別居し、堺か京辺りで過ごしたと思われます。
ムサコ駿河守(6を選択)
5.に近いですが、「ほどなく」というほど短命ではなかったと思います。
資料が少ない→特に後世に語り継がれる様な生き方も死に方もせずにひっそりと人生を終えたと想像します。
絆✨左衛門佐紺絹地六連銭(3を選択)
濃姫にベタ惚れの信長で、安土城下中にぼんぼりを灯させた行いは、城下の人々はもとより愛する姫を喜ばせるなしだったと思いたい…本能寺の変後も、何とか長生きしていてもらいたいなぁという只々希望的観測で〜
水野山城守祐利【7】(6を選択)
本能寺の変には同行せず、信長亡き後も織田家で何らかの采配を振るっていたのではないかと思う。配偶者がいなくなって身の拠り所なく、出家や自害というような消極的生き方はしてないんじゃないかな。
弾正少弼ふしき☆ぁん(1を選択)
江戸時代まで生きたかもね。本能寺にいたとは思わないなぁ。中国遠征の途中だし。
前後北条安房守ぷいちー(1を選択)
帰蝶の婿だから美濃を攻める口実があるのだ
中垣内征夷大将軍瑞賢(1を選択)
1か5だが、1だと良いね
さあさ上総介甲相駿三国同盟(2を選択)
夫婦仲が良かったと何かで読んだような。
治部少輔キママビト(1を選択)
平穏とは言えないが天寿を全うしたのではないだろうか
寺左京大夫にゃん(1を選択)
意外と関ヶ原合戦迄見ているくらい長命だったかも。
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