高城(たかじょう)

高城 投稿者:羽柴大宰大弐秀長さん

城郭基本情報

名称(よみ) 高城(たかじょう)
通称・別名 新納院高城、高城城
所在地 宮崎県児湯郡木城町高城
天気情報

04/05(土) 降水確率:30%
19℃[+2]6℃[-1] 詳細

地図 マップ周辺の城NaviConYahoo!カーナビ
問い合わせ 木城町役場教育課[電話
分類・構造 山城
築城主 新納時久
築城年 建武2年(1335)
主な城主 新納氏、富山氏、土持氏、野村蔵人佐(伊東氏家臣)、山田有信(島津氏家臣)
廃城年 元和元年(1615)
遺構 曲輪、土塁、堀切、横堀(空堀)、竪堀、井戸
再建建造物 模擬櫓、石碑、説明板

城郭口コミ


2024/12/20 23:41昌幸近江守更に吉
松山塁:切原川に突き出た舌状台地の先端に築かれた松山塁。直線距離で600メートル西にある島津軍の高城攻撃の拠点として二度使われました。一度目は天正6年(1578)耳川の戦い(高城川合戦)で佐伯惟教(宗天)率いる大友軍本隊が駐屯しました。そしてここに日本初の大砲「国崩し」を据え付けました。実際は射程距離の関係で届かなかったらしいです。二度目は天正15年(1587)豊臣秀吉による九州征伐で、弟の秀長が最前線として利用いました。縄張りは3つの郭を深い堀または二重堀で区切った城で、陣城の域を越えた大がかりなものとなっています。郭2はスロープなど削平されているところがあり後世に改変されている可能性があります。そ...

2024/12/16 21:52昌幸近江守更に吉
耳川の戦い(高城川合戦)古戦場跡:1578年にあった「耳川の戦い(高城川合戦)」の主戦場となった場所です。日向の地の支配をめぐって、大友宗麟の軍勢3万と、島津義久の軍勢2万が戦ったもので、この戦いが大友家が凋落していくきっかけとなりました。※木城町ホームページより転載駐車スペースあり。説明板あり。【写真の説明】①古戦場北側。切原川の向こうは大友軍佐伯惟教(これのり)が陣取った松山塁。この戦の本陣。②古戦場西側。島津軍島津家久と山田有信が守った高城。

城郭攻略情報


2021/11/23 21:03
播磨守狂鬼人間
下り川南駅手前で攻略です。
2017/09/10 12:20
花椿☆蘭丸
東九州自動車道、車中からポチ攻略(^^)v7.0㎞
2017/09/02 16:25
かわきち太政大臣
日豊本線川南駅にて攻略できました。
2016/01/10 03:56
法正安房守孝直
東九州自動車道川南パーキングにて
2015/08/13 15:29
勘解由長官OZORA
日豊本線の川南駅で攻略

城主争い

来月度の城主争い戦況

 1位 ユウさん 35

 2位 霞 結城さん 22

 3位 刑部大輔蒼崚さん 15

高城の周辺スポット情報

 堀切(遺構・復元物)

 古戦場跡(碑・説明板)

 宗麟原供養塔(碑・説明板)

 根白坂の戦い説明板(碑・説明板)

 松山塁(周辺城郭)

 新納石城(周辺城郭)

 耳川の戦い(高城川合戦)古戦場跡(寺社・史跡)

 駐車場(駐車場)

 駐車場入口(その他)

 

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