名称(よみ) | 国府台城(こうのだいじょう) |
通称・別名 | 市川城、市河城、鴻之台城 |
所在地 | 千葉県市川市国府台3-3-1他 |
天気情報 |
04/04(金) 降水確率:20% |
地図 | マップ/周辺の城/NaviCon |
分類・構造 | 連郭式平山城 |
築城主 | 太田資忠 |
築城年 | 文明11年(1479) |
主な城主 | 太田氏、千葉氏、里見氏、北条氏 |
廃城年 |
天正18年(1590) |
遺構 | 堀、土塁、井戸 |
再建建造物 | 石碑、説明板 |
2025/03/26 21:35 巨福呂伊豆守充瑠
国府台城:里見と北条の国府台合戦の舞台となった城ですね。本丸などの曲輪跡の土塁は残っていますが、公園として整備され過ぎていますね。住宅街に隣接しているので住民の方たちは満足しているでしょう。
2024/12/21 22:17 マグロ常陸介祐平
曽谷城:曽谷重胤が千葉介胤鎮から、曽谷村の近在3000町を与えられ城主になったのが始まりと伝わるようです。(千葉介胤鎮は肥前小城の千葉家のような気がします)重胤の孫は大野を治めた教信です。一族の末裔の曽谷胤貞は、足利尊氏に従い九州多々良浜の戦いで武功をあげるも、帰る途中に三河にて高橋の合戦で討死、曽谷城も何故か落城したようです。その後も曽谷氏は存続し、康正2年(1456年)に滅亡したと伝わるようですが、本土寺過去帳には、康正年間以降も文明、天文、天正まで官途を名乗る曽谷氏が記録されているようですので(天正15年に小田原で曽谷摂津守が亡くなっている)、本当に滅亡したのでしょうか。説明板がある辺りが城域の...
来月度の城主争い戦況
1位 ひより修理大夫さん 38回
2位 須亭部叙武主さん 37回
3位 カネゴン中務大輔さん 29回
市川関所跡(遺構・復元物)
明戸古墳石棺(遺構・復元物)
説明板(碑・説明板)
下総国分寺跡(碑・説明板)
真間の継橋(碑・説明板)
下総国総社跡(碑・説明板)
国府台鳥瞰図・説明板(碑・説明板)
国府台合戦説明板(碑・説明板)
国府台城跡(碑・説明板)
里見軍将士亡霊の碑、夜泣き石(碑・説明板)
曽谷城(周辺城郭)
総寧寺(寺社・史跡)
国府台天満神社(寺社・史跡)
国分尼寺跡(寺社・史跡)
羅漢の井(寺社・史跡)
矢切の渡し(寺社・史跡)
矢切の渡し(寺社・史跡)
矢切神社(寺社・史跡)
矢喰村庚申塚(寺社・史跡)
道の駅いちかわ(御城印)
いちかわ観光物産インフォメーション(御城印)
4号トイレ(トイレ)
駐車場(駐車場)
アイ・リンクタウン展望施設(その他)
攻略数:城 家臣団:人 |
異名:個 官位:個 |
|
ユーザー名タップで詳細表示 | 報告 |