名称(よみ) | 石浜城(いしはまじょう) |
所在地 | 東京都荒川区南千住3(石浜神社) |
天気情報 |
11/22(金) 降水確率:20% |
地図 | マップ/周辺の城/NaviCon |
問い合わせ | 荒川ふるさと文化館[電話] |
分類・構造 | 平山城 |
築城主 | 千葉実胤 |
築城年 | 康正元年(1455) |
主な城主 | 千葉氏 |
遺構 | 消滅 |
再建建造物 | 説明板 |
2024/11/05 23:58 マグロ常陸介祐平
待乳山聖天:待乳山聖天は、本龍院という浅草寺の支院のひとつで、一夜のうちに湧現した霊山とされる独立した丘に建ちます。浅草寺から徒歩10分程の場所にありますが、外国人観光客はそれほど多くなく、名物の大根を奉納する人が絶えない、信仰の根付いたお寺です。本堂は再建されたものですが、歌川広重の絵にも描かれている江戸時代の築地塀が残っています。待乳山は、石浜城の比定地のひとつでもあり、独立した丘はそれらしさを感じます。ただし、お寺は推古天皇3年(601年)の創建とされ、千葉実胤・自胤兄弟を庇護した扇谷上杉家の家宰太田道灌が勧請した稲荷跡が伝わることから城址としては微妙な感じを受けます。お寺の案内にもお城にはふれてい...
2024/09/28 00:23 マグロ常陸介祐平
石浜城:現在の石浜神社付近が3つある比定地の一つとなっています。地形的に原形を留めているとは思えませんが、説明板が設置され、微高地となっており、それらしさは感じます。この地が石浜城とされる根拠として、昭和30年刊の「新修荒川区誌」では石浜神社の神官が、千葉氏の一族である鏑木氏が世襲していることとされますが、江戸期の神主は鈴木氏が世襲しており、よく分かりません。やや離れていますが、浅草地区にある鳥越神社や第六天神(現在の榊神社)は鏑木氏が神主を務めていますが(江戸時代に入ってから)、こちらは実胤・自胤(武蔵千葉氏)と対立関係の馬加康胤(下総千葉氏)の系統です。現在の石浜神社の場所は、江戸時代には酒井雅楽...
来月度の城主争い戦況
1位 ゆかりさん 195回
2位 まさきちさん 140回
3位 広原民部大輔十郎さん 126回
平賀源内の墓(遺構・復元物)
妙亀塚(遺構・復元物)
神社由来碑(碑・説明板)
真先稲荷碑(碑・説明板)
鹿香神社碑(碑・説明板)
石浜神社と橋場の渡し碑(碑・説明板)
富士講碑(碑・説明板)
源頼朝歌碑(碑・説明板)
対鷗荘跡(碑・説明板)
隅田宿跡・説明板(碑・説明板)
真先稲荷神社(寺社・史跡)
石浜神社拝殿(寺社・史跡)
胡録神社(寺社・史跡)
橋場不動尊(寺社・史跡)
松吟寺(寺社・史跡)
福寿院(寺社・史跡)
出山寺(寺社・史跡)
木母寺(寺社・史跡)
梅若塚・梅若堂(寺社・史跡)
待乳山聖天(寺社・史跡)
トイレ(トイレ)
トイレ(トイレ)
駐車場(駐車場)
社務所(関連施設)
舞殿(関連施設)
力石(その他)
攻略数:城 家臣団:人 |
異名:個 官位:個 |
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