| 名称(よみ) | 小幡城(おばたじょう) |
| 所在地 | 茨城県東茨城郡茨城町小幡 |
| 天気情報 |
02/06(金) 降水確率:20% |
| 地図 | マップ/周辺の城/NaviCon |
| 問い合わせ | 茨城町役場[電話] |
| 分類・構造 | 平城 |
| 築城主 | 小幡氏 |
| 築城年 | 応永24年(1417) |
| 主な城主 | 小幡氏、大掾義幹 |
| 遺構 | 曲輪、土塁、横堀(空堀)、櫓台、腰曲輪、井戸 |
| 指定文化財 | 町史跡 |
| 再建建造物 | 碑、説明板 |
2026/01/18 21:34 マグロ常陸介祐平
天古崎城:「てごさきじょう」と読みます。大掾氏の一族海老沢氏のお城で、近くにある海老沢館・内手館から移ってきたとされ、天正年間の城主は海老沢弾正忠と伝わるようです。天正16年(1588年)、弾正忠は江戸氏の家臣として第二次府中合戦に出陣し、江戸重通から感状を賜っています。お城は稲荷神社が鎮座する台地の隅に位置しており、2つの郭で構成されています。稲荷神社の鳥居から参道が一直線に伸びており(写真1,2枚目)、郭を仕切る堀切が2箇所あり、それぞれに土塁が見られます(写真3,4枚目)。Ⅰ郭手前の虎口はやや食い違っており(写真5,6枚目)、Ⅰ郭の社殿は土壇上に建ち、土壇は櫓台の跡かもしれないようです(写真7枚目...
2026/01/17 20:56 マグロ常陸介祐平
小幡城:鎌倉時代に小田知重の三男光重が新治郡の小幡に居住し小幡を名乗り、後にこの地に移り築いたとも、大掾詮幹の三男義幹が応永21年(1414年)以降に築城して小幡を名乗ったともされるようです。文明3年(1481年)に小田・真壁・大掾・宍戸氏らと連合して水戸の江戸氏と戦い、大洗明神下で小幡義清が江戸忠通に殺害されています。以降江戸氏の影響下に入ります。小幡城は小幡氏(江戸氏の一族がこの地に入り小幡を名乗る?)を含め近隣の武士が詰め、天正18年(1590年)になると豊臣秀吉に臣従した佐竹義宣により江戸氏が水戸を追われると、小幡城も落城したとされています。以降、佐竹氏が秋田に移り廃城となるまで、佐竹氏の直轄...
来月度の城主争い戦況
1位 ぐっでぃ〔再出発〕さん 18回
2位 ちゅんに参議さん 17回
3位 レオン刑部丞さん 11回
井戸(遺構・復元物)
小幡城・外郭・山崎堀切(遺構・復元物)
大手口(遺構・復元物)
小幡城外郭南堀(遺構・復元物)
土橋(遺構・復元物)
土塁(遺構・復元物)
小幡城遺構の特長(碑・説明板)
鶴田城説明板(碑・説明板)
小鶴原古戦場(碑・説明板)
天古崎城(周辺城郭)
石崎城(周辺城郭)
鶴田城(周辺城郭)
野曽城(周辺城郭)
海老澤城(周辺城郭)
内手館(周辺城郭)
旧水戸街道・分岐点道標(寺社・史跡)
奥ノ谷新堀堀切(寺社・史跡)
北側駐車場(駐車場)
小幡千貫桜碑 (関連施設)
香取神社(関連施設)
秋葉バス停(関連施設)
登城口(その他)
新小幡(バス)(その他)
東関東道(その他)
寛政川(その他)
| 攻略数:城 家臣団:人 |
異名:個 官位:個 |
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