梅尾城

梅尾城([筒ヶ嶽城  周辺城郭])

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梅尾城の口コミ情報

2024年12月07日 龍馬備中守【】


熊本県荒尾市の府本にある【梅尾城】♪小岱山の西部に立地する中世の山城です♪小岱山の山頂とは尾根続きの為に、この地を領した小代氏の筒ヶ嶽城の西側を守備した出城、支城群の1城でしょう♪
北は福岡県の大牟田市に接して、西側には有明海が広がります♪東側は山岳地帯が続き、小岱山は筒ヶ嶽城(標高501m)が聳えます♪
口碑によれば、地名は小岱山の山麓、ふもとの意とも云われますが未詳です。

小岱山麓は古くから、生産遺跡群の存在があり、特に府本には多く分布します♪
小岱山斜面の丘陵地帯には製鉄跡群が多く見られ、鉄または鉄器の生産をしていたのでしょう♪小代焼きで有名で、小岱山古窯跡群が多く分布し、大部分が須恵器窯で古代末期頃のものと思われ、県史跡となっています♪
府本の地名には古屋敷、破風口、土井ノ内、殿の屋敷など残ります♪特に敵見坂は、筒ヶ嶽城へ押し寄せる敵を監視していた為に付けられた地名か?城郭と関連しそうな地名が付近に残ります♪

梅尾城は、標高143m付近の小岱山から派生する尾根上に形成されました♪築城年代は不明でありますが、鎌倉時代頃に小代氏によって築かれたと云われます♪この小代氏は現荒尾を領し、筒ヶ嶽城に本城を築いた国衆なのであります♪この小代氏ですが、平安時代から武蔵国で割拠した武蔵七党の1つで、児玉党を構成していました♪大元を辿ると、武蔵国比企郡小代郷が本貫地であります♪

治承4年(1180年)小代行平は挙兵した源頼朝の下に参陣し、治承・寿永の乱の際は源範頼に従い一ノ谷の戦いで功を挙げ、越後国青木庄・中河保、安芸国見布野庄の地頭職を得ています♪

下り、宝治元年(1247年)鎌倉幕府の内乱である宝治合戦では、小代重俊が功を挙げ、肥後国玉名郡野原荘(荒尾周辺)の地頭職を得ています♪(※ 肥後国玉名郡北西部(現、熊本県荒尾市、玉名郡長洲町)にあった宇佐弥勒寺領の荘園♪宝治元年(1247年)宝治合戦までの地頭は大江広元の子の毛利禅門西阿(季光)でしたが、同合戦で滅び、その跡に武蔵国御家人小代重俊が補任)

ただ、小代重俊、重泰の父子は直ぐに野原荘に下向した訳では無く、依然として武蔵国の小代郷に居住していた様で、恐らく野原荘には代官を派遣して、支配と経営に当たっていたのでしょう♪これは越後国青木荘・中河保、安芸国見布野荘も同様だったと思われます♪文永8年(1271年)には小代重泰が蒙古襲来に備える為、一旦九州へ下向し博多湾の警備に辺り、文永の役後の文永12年(1275年)いよいよ野原荘に下向した♪
コレが、野原荘での小代氏の始まりです♪

南北朝時代に小代氏は、武家方として活躍し、永徳3年(1383年)野原荘(荒尾、長洲)全体の地頭職を得ています♪その後の小代氏は、菊池氏と対立する事で大友氏の配下に入っています。天文23年(1554年)菊池義武が大友義鎮に滅ぼされると、小代実忠は豊後・筑後・肥後などに広大な所領を得て、肥後屈指の有力国人になっていきます♪
天正6年(1578年)耳川の戦いで大友義鎮が敗れると、大友氏は一気に衰退。肥前の龍造寺隆信が肥後に進出してきます。小代親忠は激戦の末に龍造寺隆信に屈服し、龍造寺軍の肥後平定に活躍していきました。
天正12年(1584年)沖田畷の戦いで龍造寺隆信が敗死し、龍造寺氏が一気に衰退すると、小代親忠の子・小代親泰は島津氏に下り、大友氏攻めに加わっています。戦況を読み、把握し、大友氏から始まり、龍造寺氏、更には島津氏と主君を変え、対応をしていったのです。

しかし天正13年(1585年)豊臣秀吉が大友氏救援を口実に、いわゆる九州征伐に乗り出すと、小代親泰は周辺の国人らと同様に秀吉の下に参陣し、大幅に減らされてはしまいますが、所領安堵状を交付されました。肥後に佐々成政が新領主として下向して来た際には、肥後国人の多くが所領を削られていて、これに不満を抱く国人達は、隈部氏を中心に肥後国人一揆を起します。一揆は鎮圧され多くの国人が処分されてしまい、佐々成政も改易を余儀無くされています。小代親泰は肥後国人一揆の発生時、大坂にいたので、責任を問われる事はありませんでした。肥後国人一揆の結果、肥後は南部を小西行長、北部を加藤清正に分割統治という形になります。小代親泰はその後、加藤家に仕官し、4135石を与えられ重臣として遇されました♪寛永9年(1632年)加藤家が改易され細川家が新領主として入府すると、小代氏は細川家に仕えています♪

2020年04月11日 榎晴信肥後守
筒ヶ岳城の里城と伝わる。

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