戸次陣所
戸次陣所([直鳥城 周辺城郭])
直鳥城 に投稿された周辺スポット(カテゴリー:周辺城郭)、「戸次陣所」の地図・口コミがご覧頂けます。
※「ニッポン城めぐり」アプリでは、スタンプラリースポットとなっている3,000城それぞれの地図に、周辺城郭や史跡など、様々な関連スポットを自由に追加できます。
戸次陣所の口コミ情報
2021年09月22日 龍馬太閤【備中の麒麟児】
佐賀県の神埼市の千代田町にある【戸次陣所】♪長崎街道沿いに東西に開けたこの場所は多くの歴史を持ちます☆
境原の地名は神埼郡と佐賀郡の境界に立地する原野という事から古くは堺原と描かれています☆
戦国時代に大友宗麟が肥前へ侵入し龍造寺隆信を攻撃した際に大友家の家臣・戸次鑑連が陣所を設けた場所として『九州治乱記』に地名が記されています☆
という訳で戸次陣所と名前を付けています♪
集落の西側で長崎街道から分かれて余江環濠を経由して蓮池城から蒲田津までの道、蓮池往還があり街道の交差点でもあるこの場所に歴史が多いのも納得ですね☆
更には境原の内に取り込まれた原ノ町には長崎街道の宿場、境原宿もありました☆
明治に入ると佐賀の乱では大激戦地になっていて境原宿の一帯は焼失してます☆
集落の中には若宮神社が残っているのですが、祭神は天忍穂耳尊、吉備大臣、豊玉姫命ら九柱を合祀し、更には太宰少弐高経の霊を祀ります♪
この若宮神社は元々は広滝山(脊振集落)の一つの峰、中野原鷹取山の頂にあった様ですが市川で(現佐賀市の富士)自刃した少弐高経の霊が現れたとしてココに祀ったと伝わります☆この若宮神社にはもう1つ伝わっている事があって豊臣秀吉が朝鮮出兵(文禄・慶長の役)の際に戦勝祈願の為に神馬を奉納したと☆その後、鍋島家代々の藩主も軍馬の安全を祈る為に献馬を恒例にして飼料を付与したとも伝わります☆