立山城
立山城([時枝城 周辺城郭])
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立山城の口コミ情報
2022年07月12日 【猛】源九郎豊前守牛若丸
「大分の中世城館」によると、文書上の名称は大楽寺ノ上ノ要害として記載されているようで、さらに宮成氏の切寄という別称もあるようです。別称から、宮成氏の居城または詰城だったと思われます。ちなみに「大分の中世城館」では立山城と菱形城を別個のものとして認識しているようです。
「日本城郭大系」では菱形城として紹介しています。
文治年間、宇佐大宮司公房が築き立山城と称したとあります。
応永年間、菱形刑部少輔宇佐長量の居城となって菱形城とも称すとありました。
長量の子を刑部左衛門尉諸方といい、その子太郎晴房は真ヶ江を領して真ヶ江氏し称し、その孫真加江六郎は大友義鎮の軍役に従ったそうです。
「豊前国戦国事典」では「日本城郭大系」の説明を支持した記述となっています。
現在は神社や病院とその駐車場、そして太陽光発電の敷地となっています。
立地からして平山城に近いかもしれません。
また立山城の南側の防備は比較的容易かと感じました。そちら側が高くなっているからです。
しかし、北側はそれほど高低差はないので攻めやすいかもしれません。但し現在は水田が広がっており、築城当時も同じような環境であれば湿地帯なので攻城は難しかったやもしれません。