椎山城
椎山城([長野城 周辺城郭])
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椎山城の口コミ情報
2024年12月29日 国府左京大夫城介
毛利氏が長野氏攻めに用いた陣城
【歴史】
長野豊前守種盛が弘安年間(1278~1288)に築いたと伝わる。
長野左兵衛義衡が城主であった応永6年(1399)に、大内盛見により攻められ落城したと伝わる。
しかし、現在の遺構状態から、永禄11年(1568)の毛利氏の長野退治に伴い、毛利氏が築いた陣城と考えられている。
別名:古川山城、志井城
【遺構】
長野城の西約4kmに位置する古川山(標高221m/比高190m)を中心に築かれている。
古川山の頂上部の平坦地が主郭にあたり、その周囲を複数の段曲輪を張り巡らしている。堀切は北尾根に対して2条あるだけである。
各尾根(北・南西・南東・西)の頂上部分に曲輪群を構築している。各曲輪の斜面に小さな段曲輪が乱立している。
北尾根の最北端にある古志の峰の南側の鞍部には、巨大な堀切に見間違うような峠越えするための切通がある。
【感想】
古川山を中心に広大な範囲に城域が展開されており、時間の都合もあり、全て回ることが出来なかった。
堀切が2条あるだけで、それ以外は土塁や竪堀などは確認出来ず、城域全体にとにかく大小様々な段曲輪がある。まさに、大軍を駐屯させるために築かれた陣城であることの証左だと思います。
また、城の遺構ではないようですが、最北端の曲輪南にある切通はなかなかのものでした♪
今回は北九州霊園のふよう駐車場付近の稜線から取りつきました。
古志の峰側からも登り口があるようですが、場所は不明です。
【アクセス】
JR日田彦山線「志井公園」又は北九州モノレール「企救丘」から登城口付近である北九州霊園のふよう駐車場まで約20分。
【写真】
①遠景(奥が椎山城のある古川山)
②取り付いた場所
③南東尾根の曲輪
④主郭(古川山)
⑤主郭下の堀切
⑥主郭部の北端にある堀切
⑦段曲輪
⑧切通
2021年04月30日 【✾】源九郎豊前守牛若丸
「豊前国戦国事典」によると、鎌倉時代から戦国時代の城で築城者は長野豊前守種守。
『北九州戦国史』では、長野義衡が築城者として挙げているようです。
曲輪と堀切が残っているそうです。