朝鮮通信使関連遺跡

朝鮮通信使関連遺跡([立花城  碑・説明板])

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朝鮮通信使関連遺跡の口コミ情報

2025年12月29日 龍馬備中守【】


福岡県糟屋郡新宮町の相島にある【朝鮮通信使関連遺跡】♪今回はお城ではありません。相島は『日本書紀』や『万葉集』などにも記されていて、古くから認知のある島です。新宮漁港から7.5キロ程の場所に浮かぶ島で、フェリーで20分位の距離になります。一周5キロ位の小さな島です。今回は江戸時代の遠見番所巡りとして訪れたんですが、実は多くの歴史が潜んでいました。

豊臣秀吉の朝鮮侵略(文禄・慶長の役)によって、日朝関係は断絶していますが、江戸時代に入り徳川家康の時代に関係修復が進み、1607年に最初の朝鮮通信使が来日しています。以後、平和外交の象徴として、定期的に朝鮮李王朝から国書(信書)を持って来日しては、徳川幕府から返信を持ち帰っています。この使者を『朝鮮通信使』と呼んでます。

この朝鮮通信使は、徳川幕府260年余りの間に12回ほど来日しています。うち11回がこの相島でオモテナシを行なっていて、その後、瀬戸内海を通り、大坂で上陸し江戸へと向かっています。

最後の12回目は、対馬に場所を変えて行っています。この相島には、朝鮮通信使客館跡や波止場跡が残っています。朝鮮通信使客館跡に関しては、現在畑となっていますが、大規模な建物跡が見つかっています。更に井戸なども見つかっており、中からは下駄や漆器椀、肥前系の陶磁器など接待で使用されたと思われる道具が沢山見つかっています。波止場に関しても、石積みが残っています。

 江戸時代は鎖国をしていますが、数少ない正式な国交があった朝鮮李王朝です。その交流が相島であったというのは、非常に興味深い歴史ですね〜。これは、福岡城にある鴻臚館もそうですが、平安時代、太宰府を訪れる朝鮮からの使者を一度、鴻臚館へ入れてもてなすという事を行っておりました。やはり福岡や、北部九州というのは、朝鮮半島からの玄関口と捉えて間違いないでしょう。鎖国の最中、相島は国際交流の最先端の場所だったという訳ですね〜。

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