神西城

神西城([半分城  周辺城郭])

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神西城の口コミ情報

2026年08月11日 ᴿᴱᴰ副将軍


尼子十旗 第七の城とされる神西氏の居城🏯

オススメ度 ★★★⭐︎⭐︎

神西城(じんざいじょう)と読みます

築城年代は不詳。
神西氏は、1223年に小野高通が承久の乱の後、相模国鎌倉から神門郡神西に地頭職として下向したのが始まりとされます。築城時期は定かではありませんが、小野氏から古荘氏、そして神西氏と称して十二代に渡り続きました。
戦国時代となり尼子氏が戦国大名として勢力を拡大すると神西氏は尼子氏に従います。神西元通は尼子氏の重臣となり、尼子十旗の一つに数えられました。
1566年に毛利氏が出雲に侵攻し尼子氏が滅亡すると、神西元通は毛利氏に降ります。しかし所領は没収され伯耆国の末吉城に転じたとされます。
1569年、山中幸盛が尼子勝久を担いで尼子再興軍が決起すると神西元通も加わります。
1570年、毛利元就は直属の水軍を援軍として神西湖の湊に送りますが神西城はその拠点として利用されました。かつての神西湖は日本海と繋がっていた様です。
1571年に尼子再興軍が出雲から撤退した後の神西城の動勢は不詳。
神西元通は最後まで尼子勝久に従い、1578年の上月城の戦いで自害。供養塔が上月城に残っています。

見所
標高101mの高倉山に築かれています。
高倉山は南北に二つのピークがある双耳峰であり、標高が高い南側の山頂が主郭とされます。
北側の支峰が二郭とされ、北東に伸びた尾根には堀切で区画された二つの郭が連なり、北端には櫓台が残ります。また尾根端部は二重堀切で遮断されています。
北西側の尾根筋にも郭が連なっている様ですが、ヤブ化しており立ち入ってません。
主郭には城跡碑と案内板が設置されており、ハイキングコースも整備されていますが改変を大きく受けています。

行き方は、那売佐神社を目標に設定。駐車スペースもあります。
参道から主郭まで10分程度で辿り着きます。比高も約90mです。

2026年05月04日 伊東隼人佑祐信


尼子十旗の一つ、出雲西部の関門にあたる神西城に城友さんと登城してきました。出雲ロマン街道沿いにある奈賣佐神社の駐車場に車を停め、長い石段を登り奈賣佐神社に参拝。社殿の左側に登城口があります。良く整備された遊歩道の両側には竹林があり、立派な矢竹が生えています。約15分ほどで主郭(一の平)到着。主郭から望む出雲平野の眺望は一見の価値があります。下山後、城主神西氏の菩提寺である十楽寺にも寄ってみました。神西氏で有名なのは戦国末期に活躍した神西元通ですが、一昨年播磨の上月城を訪れた際に元通の供養塔があったことを思い出し感慨深いものを感じました。忠臣神西元通に思いを馳せつつ、城址跡や周辺の神社仏閣を訪問することをお勧めします。

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