賀田城
賀田城([赤穴瀬戸山城 周辺城郭])
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賀田城の口コミ情報
2024年12月11日 ʀᴇᴅ副将軍
赤穴氏家臣である烏田氏の居城🏯
オススメ度 ★★★★⭐︎
築城年代は不詳。
1346年に石見の国人領主である佐波実連の弟の佐波秀清が下来島の高名和城に籠城したとの記録があり、この高名和城が賀田城であると比定されており南北朝時代には既に存在していたと考えられています。
その後、赤穴氏の支配下となり家臣の烏田氏の居城となり赤穴瀬戸山城の支城として機能した様です。
1562年に毛利氏が出雲に侵攻し赤穴氏に降伏を迫ります。尼子氏衰退を前にした赤穴盛清は毛利氏に降伏を決めますが、賀田城の烏田権兵衛は徹底抗戦を唱えて賀田城に籠城したとされ、その後に討死したと云われます。
見所
標高494mの松本山に築かれています。
主郭を山頂に置き、東西に伸びた尾根上に郭が連なる連郭式。
主郭は東西両側に虎口が開口し、東虎口は二郭に繋がり、二郭の東端は三重堀切で固められています。
西虎口は三郭に繋がり、その先は三段の段郭と堀切を経て西の郭群に至り、西端は堀切と竪堀で遮断されています。
主郭南下の大手道にあたるの山腹東側には畝状竪堀群があることが特徴的です。
地元の保存会の方々により整備されています。
比高は約100mで登城路も整備されていますが重機により遺構が一部破損しています。
2021年11月27日 ビーンズマン右衛門督
地元の方たちが整備していて登りやすいです。登城道は軽トラ一台ぶんくらいの道幅が続いています。