草戸山城
草戸山城([福山城 周辺城郭])
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草戸山城の口コミ情報
2026年08月22日 マグロ常陸介祐平
国宝の明王院背後の台地にあるお城で、佐波城、中山城と3つ並ぶお城の中央に位置しています。明王院にある、散策路地図にも案内されています。
本丸に設置された説明板(写真8枚目)によると、この辺りに勢力を持った渡辺氏の山城と考えられているようです。居館は草戸千軒町遺跡(明王院の目の前)の南側から検出された武士の館の可能性もあり、初代は渡辺高とされています。国宝の五重塔の近くには出土した五輪塔や宝篋印塔などが見られますが、渡辺氏に関連するものかもしれません。
文明3年(1471年)の備後守護の山名是豊の書状に「十六日備後の坪生という所まで出陣し、草戸に押し寄せ、敵城を攻め落とし、二十二日鞆浦に陣を移した。近所の敵城は全て一両日中に攻め落とすつもりである。」とあり、応仁の乱の際には西軍方のお城だったようです。文明~永正年間になると山名氏の勢力が衰退し、4代目渡辺越中守兼が一乗山城に拠点を移しています。
佐波城から草戸山公園展望台(写真1枚目)に向かって遊歩道を進み、東屋の南側の民家の裏(写真2枚目)から入城します。入口までは通りやすい遊歩道ですが、ここからは下草の生える歩きづらい道になります(案内図には季節によって通行できない場合があるとしています)。林に入るとすぐに井戸跡が見られ(写真3枚目)、さらに進むと城址入口の矢印があります(写真4枚目)。蜘蛛の巣と格闘しながら20m程で本丸に到着(写真5~7枚目)、直径25m程度の曲輪に説明板が立っていました。周りは緩やかな切岸で、土塁も見られない単純な構造でした。詰められる人数も多くはありません。説明板の縄張り図を見ると、お城の入口の先には土橋や本丸よりもさらに小さな曲輪があるようでしたが、ワイシャツ・スラックス・革靴の格好の為、断念しています。
残念ながら一乗山城には行けていませんが、規模や構造など、だいぶ差がありそうです。









