院庄構城
院庄構城([院庄館 周辺城郭])
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院庄構城の口コミ情報
2022年12月25日 国府左京大夫城介
美作守護または守護代の館跡
【歴史】
築城者・築城年代は共に不明。
戦国時代には複数の勢力により城主は、山名氏→赤松氏→山名氏→浦上氏→毛利氏→宇喜多氏→毛利氏と激しく変遷している。天正9年(1581)6月頃には、毛利氏の家臣片山杢之助宗満が在城し、「皿山の取手」(嵯峨山城)に拠る宇喜多氏の家臣河端丹後と対峙している。
慶長8年(1603)に、小早川秀秋の後に森忠政が美作に入ると、津山に移るまでの「仮居所」となる。津山城が完成した後も暫くは残っていたが、寛永15年(1638)に破却された。
【遺構】
院庄館の南に約650mに位置していた方形居館であったが、現在は石碑のみがあり、遺構は消滅している。
「岡山県中世城館跡総合報告書」によると、東西約140m、南北約150mの歪な長方形(復元想定図を見ると、平行四辺形に近い)で、周囲を水堀が巡らされていた。また、南側には旧出雲街道が東西に走っている。
【感想】
完全に遺構は消滅していますが、石碑がある部分は周囲(水田)より僅かに高いことが分かります。また、同じ場所に石碑が二つあり、一つは全く城とは関係ない石碑(貞烈純孝島田母子之碑)で、こちらの方が大きいので最初勘違いしてしまいました。城址碑の方が小さく木の影に隠れているので注意してください。
【アクセス】
院庄館(作楽神社)から徒歩10分。
【写真】
①遠景(北側から)
②入口
③周囲より高い地形にある
④城址碑
⑤貞烈純孝島田母子之碑
⑥出雲街道と石灯篭