保呂羽館
保呂羽館([寺池城 周辺城郭])
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保呂羽館の口コミ情報
2026年03月28日 日和山
保呂羽館
所在地 登米市登米町寺池字道場、銀山 他
別名・別称 保呂羽城、寺池城
分類・構造 山城
築城主 葛西氏
築城年 室町時代
主な城主 葛西晴信
廃城年 天正19年(1591)
遺構 空堀、土塁、帯郭、切岸
北上川の雄葛西氏の居城とされる宮城県最大級の山城です。
葛西氏は室町時代頃には石巻から寺池に移ってきたといわれていますが、年代や当主、経緯は不明。城が保呂羽館だったのか、3000城登録の寺池城だったのかも分かっておりません。保呂羽館もはじめ小野寺氏の城だったのが葛西氏移転時に明け渡された、後三年の役後に入部した藤姓登米氏が承久3年(1221)鷹巣館から移り居城としたなど諸説あります。
最近のマイブーム赤色立体地図を閲覧していて、遺構が残っていることに気付き訪問しました。寺池の町から浄水場のある山に登って浄水場を過ぎた先に、先人様写真投稿の白い標識があります。車はさらに進んで、城蹟碑やあずまやのある公園?入口の駐車場?に停めるといいでしよう。
標識まで戻ってさらに進んで、右側に大きく入る農作業道(たぶん昔の城道)を進むと館跡です。放棄地となった畑や杉林、竹林の中に空堀や切岸が残されています。技巧的な縄張とは言えず堀や切岸の規模もそんなにではないのですが、葛西氏の分からなくなってしまった歴史を偲ぶことができる城跡かと思います。
東西1.1km、南北1.2kmの宮城県最大級の規模(「日本城郭大系」)とされていますが、城らしい遺構があるのはここだけです。
リア攻め記念に葛西晴信様を登用しました。史実か否かは置いといて、太閤殿下に代わってお仕置きにやってきた豊臣軍に徹底抗戦し戦場に散ったという伝説を持つ彼のせめて行動力だけは評価していただけるとありがたいです。
写真1 たぶん城道 左本郭、右二ノ郭
写真2 本郭の空堀
写真3 本郭の切岸
写真4 本郭の虎口 一応横矢が掛けられています
写真5 二ノ郭の空堀









