五條代官所
五條代官所([二見城 周辺城郭])
二見城 に投稿された周辺スポット(カテゴリー:周辺城郭)、「五條代官所」の地図・口コミがご覧頂けます。
※「ニッポン城めぐり」アプリでは、スタンプラリースポットとなっている3,000城それぞれの地図に、周辺城郭や史跡など、様々な関連スポットを自由に追加できます。
五條代官所の口コミ情報
2021年08月27日 イオ左衛門佐
五條代官所は、江戸中期に幕府が宇智郡、宇陀郡、吉野郡の天領を管理するために築いた代官所で、江戸末期、尊王攘夷を掲げ蜂起した天誅組の襲撃により焼き払われましたが、翌年、現在の位置に再建されました。明治期には五條県庁を経て裁判所となった後、長屋門と広場を五條市が引き継いで現在に至ります。
裁判所東隣の史跡公園には再建後の長屋門(正門)が現存し、内部は民俗資料館として整備されています。史跡公園と裁判所の南辺には石垣が築かれ、裁判所の南辺には長屋門から続く土塀も見られます。裁判所南西部には裏門も見えていますが、時季的に草が生い茂っていて遠くから眺めるだけにしました。
民俗資料館は主に天誅組に関する資料が展示されています。五條市は「維新のさきがけ」「明治維新発祥の地」として大いに天誅組推しのようで、名前は聞いたことがあるけど…程度の私でも、大まかな流れを把握することができました。その他、襲撃時の五條代官所の見取図に興味を惹かれました。
その襲撃時の五條代官所跡は現在は市役所になっていて、正面の植え込みに石碑と説明板が設けられています。