隆光大僧正の墓石(超昇寺跡)
隆光大僧正の墓石(超昇寺跡)([超昇寺城 寺社・史跡])
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隆光大僧正の墓石(超昇寺跡)の口コミ情報
2020年12月31日 イオ左衛門佐
超昇寺城の南東、佐紀神社(亀畑)の辺りにかつてあった超昇寺は超昇寺氏の出自と考えられるところ、戦国期の戦乱のなか衰亡していた超昇寺を再建したのが、超昇寺村出身の僧・隆光でした。徳川綱吉と桂昌院をそそのかして生類憐みの令を出させたとされる、あの護持院・隆光大僧正ですね。
綱吉の死後、江戸を追われた隆光は故郷の超昇寺に隠棲し亡くなりますが、佐紀神社南側の保育園の裏手には隆光の墓石がひっそりと祀られています。
忠臣蔵など元禄期を舞台とするドラマでは将軍をたぶらかす悪僧として描かれることの多い隆光ですが、近年の研究では、最初に生類憐みの令が発布された時点では隆光はまだ江戸で綱吉に取り立てられておらず、発案者の汚名は濡れ衣であって、奈良においては東大寺大仏殿など社寺の再興に尽力した功績が賞されているようです。