山崎山城

山崎山城([日夏城  周辺城郭])

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山崎山城の口コミ情報

2025年02月03日 昌幸近江守更に吉


彦根市の山崎山城。
詳しくは先人が語られてますので、そちらをご覧になってください。

城主山崎片家の改名前は賢家。六角義賢(承禎)からの偏諱で、間違いなく六角氏家臣でした。
山崎氏もまた織田→豊臣と上手く世の中を渡り歩きましたが、ピンチは関ヶ原の戦い。石田三成挙兵を徳川に伝えたものの、三成と会いその場の流れで西軍に就く羽目に。戦後改易させられそうになるも、三成挙兵の報告の功績があるとして許されたそうです。

発掘調査の結果、3つの連なる郭と穴蔵らしき遺構を備えていたようです。
麓に駐車場があり、整備された道を10分ほど登ると城跡に着きます。

【写真の説明】
①〜③Ⅲ郭石垣
④南側の石垣。どの郭かは不明。
⑤穴蔵付近の石垣
⑥土塁。ここも石垣が使われていた形跡がある。
⑦穴蔵背後に堀切と土橋を見つけた。
⑧穴蔵から3つの郭を見る。起伏はなくなり広場と化してしまった。

2022年09月12日 ʀᴇᴅ副将軍


安土城と同時期の石垣遺構が残る城跡🏯

オススメ度 ★★⭐︎⭐︎⭐︎

築城年代等の詳細不明。
近江国守護の佐々木六角氏に属していた在地土豪の山崎氏の居城と伝わります。
1568年から始まった織田信長による近江侵攻において、織田信長に従った山崎氏が、信長の命により築いたと云われています。
安土城の石垣に類似した石垣が発掘されていることから築城時期は安土城と同年代の天正年間(1573年~1592年)の初期と推定されています。
山崎氏は、本能寺の変後は豊臣秀吉の配下となり、その後に摂津国三田に移封されており、同時期に廃城となったものと考えられています。

見所
荒神山の南東にある比高50m程度の独立丘陵上に築かれています。
石垣が、南側斜面と主郭背後の竪堀に面した箇所にも桝形状に配されていることが確認できます。
公園化しており、遺構は埋め戻されたため、地表面にはわずかな列石が見える程度です。

2020年09月25日 近江守Silvine


山崎山城は荒神山城の南南東の小さな山にあります。全面発掘調査が行われた後に公園整備が行われましたが、史跡保存としては良くない方向で公園化されてしまい、山城の魅力はほぼ失われてしまいました。
遺構としては石垣と土塁の一部が確認できますが、石垣の大半は埋められ、城内を散策路が貫いてしまっています。展望は良いのですが、残念な整備です。
城の北を通る道路に駐車場と説明板があり、そこから10分程です。

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