小堀城
小堀城([金鑵城 周辺城郭])
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小堀城の口コミ情報
2022年09月20日 RED副将軍
農作地の中に南北60mの長大な土塁が横たわります✨
オススメ度 ★★⭐︎⭐︎⭐︎
嘉吉年間(1441年〜1444年)より以前に三枝正頼(光枝正頼)によって築かれたと云われます。
三枝氏は、播磨国守護の赤松氏の一族です。1578年、三木合戦の際には、城主の三枝治吉は三木城主別所氏に従い参戦。羽柴秀吉軍に対抗し、小堀城を焼き払い三木城に籠城。平井山合戦で討死したと云われます。
見所
周囲は農地の中に南側がL字形に曲がる土塁が残ります。幅が約10m、高さ2.5mの大規模な土塁が南北に約60m続き、土塁の南西端には虎口も確認できます。
2022年05月22日 583系備前守きたぐに
1枚目の写真の航空図は堀井城の案内板です。JR加古川線河合西駅周辺には、金鑵城、堀井城、河合城、小堀城と中世の城があります。このうち、整備されているのが、金鑵城と堀井城。この2つは先人様が詳しく書かれてますので割愛します。
小堀城は、堀井城、河合城のいずれからも徒歩10分圏内にあります。案内板によると、小堀城は赤松氏一族の光永氏の城だそうで、羽柴秀吉と清水宗晴の三木合戦の際に当主が焼き払って清水方に参戦し、平井山(竹中半兵衛の墓がある。)合戦で討ち死にしたそうです。
城は四方を土塁で囲っていたそうですが、今では、南北方向の一部しか残っていません。