曽祢城
曽祢城([真鍋城 周辺城郭])
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曽祢城の口コミ情報
2026年04月15日 romikun
曽根城跡
曽根城跡は、戦国時代に在地土豪である玉井源秀(壱岐守行家)によって築かれたとされる城砦で、泉州の国人領主連合「和泉三十六郷士」の一拠点であった。所在地は弥生時代の大規模集落遺跡である池上曽根遺跡の西隣、現在の曽根神社境内一帯と考えられている。城主には玉井遠江守・駿河守の名も伝わるが、詳細は不明である。
玉井氏は千原城を本拠として和泉郡上条郷に勢力を持ち、両細川の乱では細川氏綱方として各地で戦った。織田信長上洛時には当初本願寺方に属したが後に降伏し、木津川口の戦いで信長方として参戦するも毛利水軍に大敗し、和泉三十六郷士の多くが戦死した。玉井源秀はその後も各地で戦い、天正16年(1588)に没した。
曽根城の遺構は現存せず、境内裏手に土塁とみられる低い盛土が残るのみで、城郭遺構かどうかは不明とされている。
神社由緒には境内に古瓦が出てくるとある。









