二田城
二田城([真鍋城 周辺城郭])
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二田城の口コミ情報
2026年05月24日 romikun
二田城跡(ふったじょうあと)
二田城は、現在の大阪府泉大津市二田町周辺にあったと伝わる中世城館で、在地土豪・磯上氏の居城とされる。築城時期は不明だが、南北朝時代から戦国時代にかけて存在したと考えられ、戦国期には「磯上無仁入道」の名が伝わる。
「二田」の地名は、物部氏系の「二田氏」に由来するとされる。伝承では、饒速日命(ニギハヤヒ)に従って東遷した「二田造」「二田物部」が当地に定着したという。また、649年の蘇我倉山田石川麻呂事件に関わった「物部二田造塩」との関係も伝えられている。
城跡は現在の蓮華寺付近とされ、『大阪府全志』や『泉北史跡志』には、周辺に堀跡が残り、「大門」という地名が存在したことが記されている。現在、堀は埋め立てられたが、一部は暗渠化され、「ホリノカワ」と呼ばれている。
また、古池公園周辺の南古池や森古池は非常に古い池で、外堀であったとの伝承も残る。里伝では「二田物部が掘った池」とされている。
「字大門」は、かつての二田国津神社跡の所在地で、『和泉国神名帳』に「従五位上二田国津神社」と記される古社であった。明治42年に曽根神社へ合祀された。
江戸時代の慶安元年(1648)、城跡の高台を削って蓮華寺が建立されたと伝わる。境内には天正16年(1588)銘の五輪塔も残り、中世以来の歴史を今に伝えている。
現在は明確な遺構は少ないが、「大門」「ホリノカワ」などの地名や水路、古池群に、かつての二田城の面影が残されている。









