山辺城
山辺城([丸山城 周辺城郭])
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山辺城の口コミ情報
2023年11月16日 RED副将軍
石積み、切岸が見事な大町氏の居城🏯
オススメ度 ★★★★⭐︎
諸説ありますが、歴史は古く寛弘年間(1004年〜1012年)に大町氏により築かれたと云われます。
大町氏は、清和源氏である多田満仲を祖とする多田氏の家臣であったとされます。
1191年に源国基が能勢に入って能勢氏を称すると、その後は能勢氏配下の多田家御家人西郷衆に属しまし、山辺城は能勢氏の詰め城として機能したとも云われます。
天文年間(1532年〜1555年)には大町宗長の名が城主として伝わります。
1579年には大町宗清が城主であり、能勢氏や西郷衆は織田信長を離反した荒木村重に同調したため、織田信長家臣の塩川国満を大将として丹羽長秀、中川清秀、筒井順慶等の大軍が能勢に侵攻。
山辺城は津田信澄により攻められて落城したとされます。
見所
標高428mの能勢富士と称される城山に築かれており、古来から能勢街道・丹州街道を押さえる交通の要衝でした。
城域は大きく西尾根の主郭部と東尾根の東出郭群に別れています。
南側の谷筋を直登するとハイキング道に辿り着き、東へ進むと東出郭群があります。出郭は周囲を土塁と空堀が巡り、東西に開口する虎口も明瞭に残っています。
西側へ進むと主郭部であり南北の尾根に南から三の丸、中の丸、二の丸、主郭と連なり、切岸が見事です。
広大な三の丸には巨石が目立ち南西部に石積みがある虎口が開口。
主郭と二の丸は堀切で隔てられ、周辺に石積みが残ります。特に二の丸西側下の石積みが良好に残っていますが、石積みの上に乗って下に降りようとした人により一部崩落していました。石積みは崩れやすいので上に乗るのは厳禁です。
行き方は、県道54号から城域南東部の比高50mくらいまで住宅(別荘地?)開発がされており、車で登ることができます。但し、舗装はされているもののかなり急坂であるため積雪期はやめておいた方が良いと思います。
行き止まり周辺に駐車し、15分くらい直登すれば辿り着きます。
以前はハイキングコースが付いていましたが、大雨で流されてしまいそのままになっていると地元の方に教えてもらいました。