どんどろ大師善福寺
どんどろ大師善福寺([大坂城 寺社・史跡])
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どんどろ大師善福寺の口コミ情報
2020年08月20日 源山城守@ポンコ2…
大阪市天王寺区空堀町。
豊臣期大坂城の三ノ丸外周の空堀があったことに関連した地名で、現在も大坂城(北)と真田丸出城(南)の間では最も低い窪地で、空堀があったかもしれないと思わせる名残の地形です。
どんどろ大師はこの空堀町にあり、ちょうど南の心眼寺坂を上がったところに、真田丸出城があったと推定される明星学園や真田信繁供養墓のある心眼寺があります。
古地図では反対の北側(大坂城側)の坂を上がったところに城代屋敷があり、1834年に大坂城代となった土井利位がここの弘法大師に帰依して、「土井殿お大師様」と呼ばるようになり、それが「どんどろ大師」に転訛したそうです。
ちなみに、土井利位は、大塩平八郎の乱の時の城代で、乱後に京都所司代、老中と順調に出世したとか。
また、城代在任中に雪の結晶を顕微鏡で観察した結果を「雪華図説」にまとめたそうです。
雪があまり降らない大阪で雪降ってたということは、天候不順で干ばつなどと関連あるのかもしれません。(なお、土井利位の別名は「雪のお殿様」)
どんどろ大師は、創建当初は「鏡如庵」とよばれ、大阪夏の陣の戦死者を弔うために開創されたとそうですが、明治の廃仏毀釈で廃寺となりました。
その後北摂の能勢にあった「善福寺」が移転してきて、第二次大戦の戦災で建物が焼失するも再建され、現在に至ってます。
山門横には、「お弓とおつる」の像があり、これは歌舞伎「傾城阿波の鳴門 どんどろ大師門前の場」の登場人物で、歌舞の一場面にもなってます。
大坂城のある上町台地は、ところどころにアップダウンのある地形となっており、歴史を感じながらの散歩にちょうどよいです。