掛田城
掛田城([丸山城 周辺城郭])
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掛田城の口コミ情報
2023年02月13日 RED副将軍
比高30m、車を降りて10分以内で主郭の高コスパお手軽城🏯
オススメ度 ★★★★⭐︎
築城年代は不詳。富増伊予守が城主であったとされます。1579年の第一次天正伊賀の乱においては北畠氏の家督を乗っ取った織田信雄の軍勢を撃退しましたが、1581年の第二次天正伊賀の乱において再び攻め寄せた織田信雄により落城したと云われます。
見所
伊賀特有の方形単郭の国人領主の城跡です。主郭は西側に虎口が開口しており、櫓台と思われる高土塁を四方設けていることが見所です。東側には穴蔵式櫓台の小曲輪があり、その背後は堀切で遮断されています。小規模ながらなかなか面白い城跡です。
行き方は、Googleマップて目標設定。城域北西部にある国道165線沿いの5、6台並ぶ自販機が目印です。自販機横の細い路地が登城口で案内板の設置あり。ものの数分で辿り着きます。
朝一のウォームアップには最高の城跡でした。
写真
①主郭虎口
②虎口の高土塁
③高土塁上から見下ろす
④主郭を巡る土塁
⑤主郭と穴蔵をつなぐ虎口
⑥穴蔵の櫓台
⑦穴蔵背後の堀切
⑧案内板
2023年01月22日 tracer_azu
自動販売機が3台並んでいるあたりに駐車させていただき見学させていただきました。階段から上がるとすぐ城内へ。シンプルな縄張りですが、虎口へ続く道は削られ細められた城道は虎口上の土塁から狙われている^^郭内は高い土塁で囲まれ、さらに奥に穴倉なる小さな曲輪が、その上には社が祀られていました背後には空堀が設けられていました。
2022年07月09日 課長大和守Ver.B
掛田城は別名富増伊予城とも言われ、この地域の土豪である富増伊予守により築かれた城です。
天正伊賀の乱では最初の織田軍侵攻を防いだものの、二度目の侵攻では織田軍1万を200名の軍勢で防ぎきれず敢え無く落城したようです。
城は近鉄伊賀上津駅南方の初瀬街道に面した北側へ張り出す丘陵上に築かれ街道監視に適した立地と言えます。
縄張りは二つの櫓台を持つ主郭と虎口に付随する小郭で構成され、それぞれ周囲に土塁が見られる他主郭背後は空堀により守られています。
また主郭西側は谷状地形となっていて、谷側から城域を見上げると鋭い切岸が施されているのが分かります。
因みに主郭の櫓台の一つは土の城には珍しい穴蔵形式で往時にどのような建物があったのか非常に興味がそそられます(^^)
城へのアクセスですが、国道165号下河原バス停から西へ100m程進んだ旧初瀬街道との分岐そばにある自販機脇の民家と民家の間の路地が登城口になり、山への階段を上がった所に日本遺産選定に伴って設置された説明板が置かれています。
そこから左手(右手の虎口風の道は違います)の踏み跡を辿れば程なく城域に入ることが出来ます。
説明板の位置はおそらく地権者との調整の結果かとは思いますがせめて国道沿いに設置して欲しかったですね…(^^;
周辺は駐車場所が少ないのでクルマで来られる際はご注意下さい。