手力雄神社

手力雄神社([更木陣屋  寺社・史跡])

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手力雄神社の口コミ情報

2024年06月23日 ▷☾◁猫耳萌え▷☽◁


美濃国那加総社 手力雄神社
祭  神 手力雄神(天手力雄命)
相殿入座 高御産霊神 神産霊神 美和都神宇津井剣火御子三所神 伊波乃西神 長山神 村国神 村国真墨田神
創  立 年代不詳(約千三百年前)
由  緒 当神社は、社伝によれば平安時代初期に書かれた美濃国神名帳に従五位下真弊明神と記された神社で、本社裏山の中腹に大きな御神岩があり、古来より真弊岩(ミテクライワ)と称して里人に深く崇敬され、岩□祭祀が行われていたのを社に祀ったもので、相殿入座の神々も同神名帳に記された神々の分霊を合祀奉斎したものである。
御祭神 手力雄神は、信濃國戸隠大明神と同一神で、古く「古事記」「日本書紀」の神話によれば、天照大神が天の岩戸にお隠れになられた時、天の岩戸より大神を外にお迎えされた神であり、伊勢の内宮に同座され、戸隠山の麓に奉斎され、全国各地九□□社に祀られる神である。当社も往古は山中に祀られていたが、後に現社地に奉遷され、更に中世以降は、現在の各務原市那加地□の母体となった佐良木郷八ヶ村の統座土神として崇敬され、現在は那加地区の総鎮守として広く人々に尊崇されている。
当神社では、後花園天皇の天安二年(1445年)浅野刑部源重家の神官に任せられているが、現存する文化財に文明七年(1475年)この地の領主 薄田源左衛門尉藤原祐貞が寄進した長塚宮□鐘(現無動寺□□□蔵・県重要文化財)や同九年、祐貞寄進の木狛犬(現社宝)等があり、当時の領主の尊崇の様子をうかがわせている。
更に永禄十年(1567年)には、織田信長公が岐阜城攻略の折、当神社に戦勝を祈願し、成就の後、禁制を下し、また各務原の西□および北部山地あわせて千三百町歩の地を社領に付している。なお境内には、信長公の弓術稽古の遺跡も現存している。また、社領は徳川時代も除地となり、時の領主旗本坪内氏・徳山氏等も深く当神社を崇□ている。
こうした由緒ある歴史と共に□□□□にわたり佐良木郷八ヶ村の□□等に祟り………以降の数行は、汚れの為、碑文読めず。

佐良木→更木になったと、途中で気づく。

2020年08月12日 とんかつおやじND


主祭神手力雄神はお力の強い神さまとしてしられており、永禄年間には織田信長公が戦勝祈願をしたことから勝運、開運の神として崇敬されております。 神社HPより

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