高山陣屋
高山陣屋([高山城 周辺城郭])
高山城 に投稿された周辺スポット(カテゴリー:周辺城郭)、「高山陣屋」の地図・口コミがご覧頂けます。
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高山陣屋の口コミ情報
2025年03月27日 尼崎城山城守一口城主
[前編]
高山の限定巡りで高山の街を散策中、高山陣屋が気になったので立ち寄ってきました。高山陣屋は写真①の案内にあるように『日本で唯一現存する』江戸時代の郡代代官所とのことでした。陣屋入口の説明板(写真②)に元禄五年(1692)、徳川幕府は飛騨を幕府直轄領としたこと、明治維新後は昭和から平成にかけて復元処理を行ったことなどが書かれていました。
玄関の出入口で目についたのが入口の砂州や玄関の間の青海波🌊でした。ガイドさんの解説から永遠に続く波のように徳川の代も続きますようにとの願いが込められているようです。当地出身の山岡鉄舟の書と砂州の青海波を撮ってみました(写真③)
高山陣屋は陣屋外壁にあった画(写真④)と順路案内(写真⑤)より、御役所・郡代役宅の部屋紹介ゾーンと御倉(写真④左側)でパネル中心に高山や飛騨地方の歴史文化を紹介するゾーンに分かれていました。
嵐山の間という書院造りの部屋(写真⑥)は将棋の名人戦の対局も行われた場でもあるとのことでした。庭園(写真⑦、⑧)を眺めて心が和む空間になっていました🍵
2025年03月27日 尼崎城山城守一口城主
[後編]
前編に引き続き陣屋内を見学していくと、訪れたのが3月だったためか昭和初期の土雛の雛人形🎎(写真①)が展示されていました。さらに見学経路に沿って進むと、儀式・会議・講釈等が行われたでかい広間(写真②)がありました。この広間には座ってみたいところですが、絶対に座りたくない御白洲(写真③)もありました。写真③の説明板、文字が見えにくいかも知れないので角材部分のところを書いてみます。<「責台と抱石」拷問の道具、三角形の角材の上に抱石をのせ取り調べた>とあり恐怖の間でした🥶
続いて御蔵(パネル中心の資料館)に入ると金森時代の城下町(写真④)と幕領時代後期の城下町(写真⑤)の絵図がありました。高山城が破却され城山から宮川を渡った陣屋周りが発展してきたような様子が見られます。また、大日本物産相撲という各地の特産品の番付表があり、飛騨は番付表のほぼ中心にマーカーで示されている頭取のところに銀あかがね(銅)とありました。(※飛騨の3行右隣に佐渡-金銀でした。)江戸時代になり平和な世の中になってきたことから行政の中心を城山から麓に移し、飛騨地方の資源に幕府が注目して幕府直轄領(天領)としたんだという印象でした🤔
御蔵内には甲冑(写真⑦)も展示されており、海外のお客さん達がソークール✨と感激していました🌏
高山陣屋を出た際、奇跡的に人がいないタイミングで高山陣屋(写真⑧)を撮れました。入門の際は、海外の方をはじめ数多くの人が陣屋前で記念撮影されていたので口コミ用の写真は無理かなと思っていましたが撮れて良かったです📷
2022年03月02日 ʀᴇᴅ副将軍
国内で唯一現存する陣屋です✨
オススメ度 ★★★★⭐︎
元々は飛騨高山藩主であった金森氏の所有する下屋敷。
1692年に幕府が飛騨を直轄領として以降、伊奈忠篤らによって整備。代官所として機能しました。
明治維新後も筑摩県高山出張所庁舎、岐阜県高山支庁舎、岐阜県事務所として利用され続けました。
現在は文化財として保存され、蔵番長屋、郡代役宅、奥座敷などが復元されています。
見所
陣屋建物の中にはうさぎの釘隠しがあります。
「真向兎(まっこううさぎ)」と呼ばれ、うざきの耳は長いことから、民の声をよく聞き取るようにという意味があるそうです。
2021年07月18日 陸奥守たろす
【高山陣屋】
◆全国に唯一現存する徳川幕府郡代・代官所
◆元禄5年(1692)飛騨を幕府直轄領として以来、明治維新にいたるまでの176年間に25代の代官・郡代が江戸から派遣され政務を行った
◆現存遺構
表門、門番所、御役所、御蔵、勝手土蔵、書物蔵
◆駐車場
街中に有料駐車場がありますが、高山城二の丸跡の「城山公園駐車場」ならば無料です。坂はありますが高山城散策も兼ね利用してはいかがでしょう
※地域限定イベのQRコード及び、岐阜の戦国武将カード「金森長近」は受付横の休憩所にあります♪