千村氏屋敷跡
千村氏屋敷跡([久々利城 寺社・史跡])
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千村氏屋敷跡の口コミ情報
2022年12月05日 ほりーないと
千村氏は、関ヶ原の合戦の後に、久々利村を含む4600石余を与えられ、直参旗本、尾張徳川家の家老として明治維新までこの地に屋敷を構えていました。(案内板より)
案内板がある場所には石垣が残り、東側の可児郷土歴史館などが上屋敷になります。下屋敷に設けられた中国式の回遊庭園「春秋園」が残っています。春秋園は県道を通す時に半分ほどになりました。案内板から西側へ歩いていくと城下町の面影があります。
木曽氏末裔の千村氏は久々利に屋敷を構えた後も信濃国との繋がりがありました。信濃伊那郡の幕府領十一か村と榑木支配を担わされた千村氏の代官所が長野県飯田市の飯田城下町にあり、飯田役所と呼ばれていました。飯田市の伊豆木小笠原家9代長計の室(妻)は久々利の千村家から輿入れしました。その時のお駕籠が旧小笠原家書院に展示されています(撮影OK、投稿不可)
春秋園の北側にある東禅寺に千村家の墓所があります。東禅寺からも久々利城の登城口があり、周遊登城路となっています。周遊の後に千村氏屋敷跡に寄り道できます。
2022年11月22日 【城郭道】たっきー
【久々利城の目の前にある陣屋】
千村氏屋敷、岐阜県可児市。久々利城の目と鼻の先(場所次第で城内)にある千村氏の屋敷です。木曽氏の末裔で、江戸時代は4400石を拝領していました。現在、庭園がひっそりと残っています。これは必見。石碑、説明板も。下調べしてから行くべきだった…。