中山道美江寺宿・美江寺宿高札場跡
中山道美江寺宿・美江寺宿高札場跡([軽海西城 碑・説明板])
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中山道美江寺宿・美江寺宿高札場跡の口コミ情報
2026年06月10日 猫耳尾張守メイド隊
中山道美江寺宿跡
美江寺は既に、天正十七年(1589)豊臣秀吉の下知によって、問屋場が設けられ、往還の荷物中継ぎの業務に当たっていたが、江戸時代になって中山道が整備されるに及んで、近世宿場制による駅伝業務を担当する宿場となった。寛永十四年(1637)四月、伝馬役家と歩行役家 各々二十五軒を定めて問屋の支配下に置き、交通業務に当たったのが、美江寺宿の公式開設である。
宿場の機関の一つである本陣は、宿場開設より三十二年後の寛文九年(1669)春、時の領主 加納藩の戸田丹波守光永によって建設され、問屋 山本金兵衛が管理を兼ねた。以後、山本家が世襲して宿駅制廃止まで継承した。
一般旅人のための旅籠や茶屋は年代により増減があったが、これは幕府改革の影響であろう。文久元年(1861)十月二十六日の和宮親子内親王江戸下向の途次、当宿御小憩と、慶応四年(1868)二月二十・二十一両日、当宿を発信地とした、東征軍東山道鎮撫隊のことは、当宿交通史の特記事項である。
明治三年(1870)閏十月、民部省布告による宿駅制廃止に伴い、宿場の歴史を閉じた。
説明板より。
高札場跡
江戸時代は、ここに 高札場がありました。
美江神社境内に当時の姿を 復元してあります。









