郡界石(夜泣石)
郡界石(夜泣石)([北方城 碑・説明板])
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郡界石(夜泣石)の口コミ情報
2026年05月08日 猫耳尾張守メイド萌
郡界石(俗に夜泣石)【町指定重要文化財】
旧方県郡と旧本巣郡の郡界標として使用した石である。〆切橋下の右端の土堤に半分埋まった形で、郡界橋が二個位置づけられていた。郡の境とは思えないが、大井神社の天正十三年(1585)の棟札に「濃州方県郡(ごおり)生津荘北方天王氏人(うじびと)」とあり、大井神社が方県郡であることが明白である。天王川右岸が境となっているので、郡界石と認識された。
伝聞によると、明治二十九年(1896)の新郡町村の編成がえで、郡境が東へ600㍍(現 岐阜農林高等学校の東)に移されたため、その用が終わったと悲しんだ石が夜毎に泣声をあげ「夜泣石」と呼ばれるようになった。
北方町教育委員会 北方町文化財保護協会
説明板より。
昔は石が大小二個夫婦の姿で並んでいたが、その後の天王川改修で、小さい方の婦石は町役場の北庭に運ばれしまったので、昭和六十一年(1986)この婦石を旧地にある夫石の傍らに移し、昔の夫婦石としました。
北方町役場HPより。









