時の太鼓楼
時の太鼓楼([北方城 寺社・史跡])
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時の太鼓楼の口コミ情報
2026年05月08日 猫耳尾張守メイド萌
時の太鼓【町指定重要文化財】
北方の初代領主、旗本五千石の戸田内蔵助光賢は、元禄十年(1697)に五代将軍 綱吉の御前で、見事な馬術を披露したことからその恩賞として、「時の太鼓」の使用、冠木門の設置、鮫鞘の三間槍の使用を将軍家より直々に賜った。
以来「時の太鼓」は明治維新までの約百七十年間、まちに響く太鼓の音で刻(明け六つから暮れ六つ)を知らせてきた。
太鼓は直径約90㌢、胴周り約330㌢、胴長約115㌢と、とても大きなもので、その打ち上げは、御三家(尾張・水戸・紀伊)にしか許されなかった。
北方町教育委員会 北方町文化財保護協会
説明板より。
光賢が将軍 徳川綱吉から「時の太鼓」を授かった際に、更に三つ葉葵の紋を使用してもよいとの言葉を賜ったが、光賢はその代わりに毎月十日、二十日、晦日を定例の「紋日」として、女中や子守女等に暇を出して休ませることを、一般に通達する許しを得た。このように弱者に対する心配りのある殿様であることに感激した領民が唄い踊り出したのが「北方踊り」のはじまりだと言われている。
現在は、毎年六月十日(時の記念日)に古式に則り打っている。
2023年06月22日 宇宙刑事テツロ
五千石でもョ北方様はァ時の太鼓に冠木門♪馬と人が心を合わせればこんなにいろいろなステップが踏める、こんなことができるんだと感じてもらうには十分なパフォーマンス、、
元禄10年(1697)、馬の名手、北方旗本五千石の初代:戸田蔵助光賢は、五代将軍:徳川綱吉の御前で馬術の妙技を披露し、時の太鼓や冠木門等をいただきました。その快挙に、殿様は勿論、北方の民たちも喜び、、唄に踊りにドラクラ(戸田蔵)祭となって、、、明治初めまで170年間華やいだと云われます。
時の太鼓は、本来、大名にしか許されていないもの、、、さらに徳川御三家以外は使用できないという「打ち上げ」の許可までも賜りました。
北方町では、文化財保護協会発足の昭和56年頃より「時の記念日」に、時の太鼓の打ち上げを再現しています。近隣の学校の子供達にも楽しみながら文化財について理解を深めてもらおうと、今年(2023)は学校の都合に合わせて 6月9日(金)に行われました。
昔から伝わる太鼓の打ち上げは独特、始めは小さく速く、終わりは高く打ち鳴らします。町内に響き渡る打ち上げ太鼓のビートに、町内13箇所に設けられた冠木門が一斉に開く、、一日の始まり、、、ドラクラ殿、これが将軍の聞く音色、見る景色ですヨ、、コココココ、、、(妄想)
太鼓は直径110cm、胴回り350cm、長さ115cm。また、太鼓楼内には幕府初代天文方"日本暦の祖"渋川春海より贈られた板額(町指定重要有形民俗文化財)が設置されており、当日は一般公開されてました。









