阿蘇神社・招魂社
阿蘇神社・招魂社([墨俣城 寺社・史跡])
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阿蘇神社・招魂社の口コミ情報
2026年04月30日 猫耳尾張守メイド萌
阿蘇神社 主祭神 阿蘇都彦命
由緒由来
平氏の一族、大橋氏が二十六代以前、九州より移住の後、農民の氏神として肥後の阿蘇宮より分祀したとの事で村民の崇敬厚く、境内の小熊町方一位で、社殿も神明造銅葺の本殿幣殿拝殿の外渡り廊社務所鳥居夜燈狛犬等の工作物も荘重に整備されている。旧西小熊村庄屋 助九郎より代官 蓮田荘次郎あての文書控の内に天保八年八月において、左の棟札を所蔵していることが記載されている。阿蘇大明神講元十二人墨俣村 奥村清左衛門 大橋源五郎。奉建立同右惣氏子正徳四年十一月。奉建立同右享保十六年二月。奉破損同右元門元年正月。奉上同右明和元年十二月。奉上阿曽美也安永九年八月。
招魂社の由来
仲山阿蘇神社地内に鎮座する招魂社は、町史等によれば、当時の村長南谷益太郎氏が国の方針に従い、村民総意によって建てられたもので、鳥居の刻銘等から大正五年頃の御創建と推察されます。
当時、我が国の成人男子には、兵役の義務が科せられており、旧小熊村の若い人々は皆軍隊に召され出征するとき、武運長久、戦勝を祈願し、家族の安泰を託し、村民の皆さんに送られ別れて行った思い出深い神社です。
現在、この招魂社には小熊町、新生町出身の戦没者189名が護国護郷の神として祀られ、日清戦争1名、日露戦争21名、大東亜戦争167名の霊璽が本殿に奉納されています。
今ありし、故国の栄え御楯たる
誇りぞ高き、兵士ありせば
身はたとへ、異国の野辺に朽ちるとも
魂は帰らん、故郷護らむと
説明板より。
この周辺には、平家の家臣 小胡麻郡司維季の小熊城があったとされるが、阿蘇神社の由緒由来には、書かれていない。
写真①〜④ 阿蘇神社。
写真⑤〜⑦ 招魂社。
写真 ⑧ 阿蘇神社と招魂社の間にある秋葉神社。









