源義円の墓
源義円の墓([墨俣城 寺社・史跡])
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源義円の墓の口コミ情報
2026年03月02日 尼崎城安芸守一口城主
墨俣城を下城する際、資料館の方に大河・鎌倉殿で登場の源義円公の史跡の行き方を確認して義円公のお墓参りに向かいました。(写真①:すのまた「歴史探訪」ガイドマップの右下に❾義円公園➓義円の墓が載っています※墨俣城は右上に載っています)
墨俣城資料館の方に教えてもらった通りにお墓を目指していくとお墓の付近の路上に道標(写真②)があり道標の指し示す写真②奥の畑の中にお墓がありました。道標に沿って進むとお墓(写真③)に辿り着きました。お墓参りをした際、きれいな花🪻がお供えしてあるのが印象的で地元の方々に大切に守られていることが伝わってきました。
お墓参りの次に義円公園(足元の道標の距離を確認したところお墓🪦〜公園の距離は170m)に向かいました。
公園全体は写真④の通りで供養塔(写真⑤)や義円地蔵(写真⑥)、源平墨俣川古戦場の碑(写真⑦)や説明板(写真⑧)などがありました。
大河ドラマ鎌倉殿を見ていつかは訪れてみたいと思っていた史跡なので限定巡りのお陰で念願が叶いました✨
2024年05月06日 猫耳メイド萌え。
養和元年(1181年)墨俣川をはさんで、平重衡を総大将とする七千余騎の平氏が西岸に、新宮十郎行家、源義円ら三千余騎の源氏が東岸に陣を整え、源平一大合戦がはじまろうとしていました。義円は行家に先を越されまいと一人馬で西岸へ一番乗りをしようとしましたが、平盛綱に討たれてしまいました。行家は、遅れてなるかと夜討ちをかけましたが、戦いに敗れ矢矧川まで退きました。
桜と歴史のまち歩くまち・墨俣 ガイドマップより
大垣市墨俣地域事務所駐車場から、奥田家住宅・下野家枝垂れ桜と蔵・鎌倉街道・不破神社・義円公園・源義円の墓と史跡を巡りました。
ガイドマップに記載がない、西之橋城(上宿城)跡推定地がメインですが…。
2022年10月05日 釆女正佐吉。
源平墨俣川の合戦で、25歳という若さで悲運の生涯を閉じた源義円の墓です。
頼朝の異母弟、義経の同母兄。
田んぼと畑が続く中に突然出現します。墓に入る通路が狭く、写真撮影が少々困難。笑
しかし、墓は綺麗に管理されています。以前中日新聞で、ご高齢の有志の方々で手入れされていると読みました。
源氏推しの方はもちろん、平氏勝利という点から平氏推しの方もぜひ、源平墨俣川古戦場跡(墓から徒歩数分)と共に、輪中イベントの折にでもお立ち寄り下さい。
駐車場は無いので、近くの路肩に停めるか、少々歩きますが墨俣公園に停められるのが良いかと思います。









