十九条城
十九条城([曽根城 周辺城郭])
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十九条城の口コミ情報
2022年10月13日 前田利家猫耳メイド萌
ここには「屋敷」という小字名があり、城屋敷の名残を示している。また、犀川が西で半円を描いて流れ、天然の要害をなし城地として適地であった。永禄四年(1561)五月 織田信長は西濃へ入り「州俣」(墨俣)の要害を固めて滞在していたが、斉藤氏が軽海(真正町)へ出兵して備えを固めたと知るや、西軽海へ出兵し戦いをいどんだ。激闘の後、斉藤方は引き上げたが、信長は州俣(墨俣)城だけでは充分でないとして、十九条村に一城を築き、一族の織田勘解由左衛門信益(犬山城主 織田十郎左衛門舎弟)を城主とした。軽海の戦いで、勘解由左衛門は戦死し、城は焼かれ以後、復興されなかった。
瑞穂市教育委員会
説明板より。
城跡は、津島神社周辺されるが、説明板があるのみで、遺構などは残っていない。