伊藤盛正陣(今村の掻き上げ屋鋪)

伊藤盛正陣(今村の掻き上げ屋鋪)([大垣城  周辺城郭])

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伊藤盛正陣(今村の掻き上げ屋鋪)の口コミ情報

2026年05月21日 猫耳尾張守メイド萌


『大垣城歴代記』には、関ヶ原合戦時の城館として、伊藤盛正の掻き上げ屋鋪が書かれている。
「石田治部少輔三成 城ヲ押テカリント再三請フニヨリ 家老伊藤頼母、同伊与両士ヲ池尻村迄サシ出シ 三成ヲ大垣城エ迎入 盛景ハ近郷之今村ニ揆(掻)上ヲ構テ居城ス」
石田三成は、城を無理にかりようと何度も頼んだので、伊藤盛景(盛正)は、家老の伊藤頼母と同伊与を池尻村まで出して、三成を大垣城へ迎え入れた。城を出た盛正は、近くの今村に掻き上げを構えて戦いに備えたという。
今村の掻き上げ屋鋪の場所について、明確な位置を示したものはない。江戸時代の「今村屋敷絵図」から推測すると、春日神社及び西側の区画と考えられる。この区画には、春日神社と寺があるが、臨時の砦として、元々あった寺社を使いながら戦いに備えたのではなかろうか。

創立五十周年記念『大垣の城館めぐり』より、一部抜粋。

春日神社
創立年月日不詳。
奈良時代に余安という人が勧請したと伝えられている。古社にして昔(今は本今町及今町)古老の口碑によれば、凡そ一千年前は十八戸の小部落にして鎮守の神として、春日大神を奉じ崇敬頗る厚かりき例祭日を十八日となすは、この戸数によるものなり。以来、今日に至るまでしばしば霊験を顕わし給う。
神社の来歴
─中略─
(後記)
尚、春日神社の南、約壱千坪のところは、江戸末期より、明治初年にかけて大垣藩の大砲、小銃の製造所であった。
神紋 下り藤 本殿 春日造り
朱塗 四坪 境内 一一六一坪

昭和二十年(1945)七月二十九日の大垣空襲により、本殿以外の社殿をほぼ焼失した。

春日神社なので、鹿の銅像があった。

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