笠縫城
笠縫城([大垣城 周辺城郭])
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笠縫城の口コミ情報
2026年05月05日 猫耳尾張守メイド萌
笠縫城については、江戸時代の記録に少し残る程度で、確かなことは分からない。
『美濃明細記』には、「笠縫城 城主不知 百姓屋敷に高地あり」
『新撰美濃志』には、「『古城址』は、今農家の屋敷地となりてのこる。其所地高くして形城あとの如し、城主定かならず」と記されるている。
これらの記述から、江戸時代には、城跡の痕跡は残っていなかったと思われる。
笠縫城は、受円寺周辺と考えられ、鎌倉街道と西側に杭瀬川が流れる事から、交通の要衝に築かれていたと思われます。
大垣市指定重要文化財 受円寺表門
受円寺は、弘仁六年(815)伝教大師最澄の創建と伝えられ、堂塔伽藍を配したが、織田信長によってことごとく焼かれ、この表門のみ火災をまぬがれた。
表門は、木造本瓦葺の四足門で礎盤を刻んだ柱は大斗肘木で桁を支え、反りの強い虹梁に唐草を彫り込んだ簡素な組み立てになっており、室町時代初期の建築様式をよく伝えている。
大垣市教育委員会
説明板より。
笠縫城が受円寺の創建前に、廃城になっていない限り、城跡は別の場所だが。受円寺は、なぜ信長に焼かれたのだろうか。









