石田三成陣
石田三成陣([不破の関 周辺城郭])
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石田三成陣の口コミ情報
2022年09月23日 千葉相模守早雲
関ヶ原の戦いを肌で感じてみようと足を運びました😁文字で読んだ事しかない笹尾山石田三成陣跡。山というよりも丘という印象です。しかし感慨深いものがあります。
柵が幾段も設けられ、今も戦闘態勢にありました😁
1.石田三成陣跡全景。
2.通路脇には設けられた柵。
3.数段の柵で防御強化。
4.旗印が陣跡を盛り上げる。
5.笹尾山展望台。三成公になりきって関ヶ原を眺めてみよう☝️
6.陣跡。
2022年06月25日 【城郭道】たっきー
石田三成陣地、岐阜県関ヶ原町。
慶長五年九月十五日、石田三成ら西軍は大坂に向かう家康を討つために大垣城を発ち、いわゆる鶴翼の陣という包囲を作った。三成はその最左翼、笹尾山に陣を構え、柵を築き、大砲を構えた。
開戦後は黒田、細川らと戦うが既に知られているように敗走。二十一日に近江国古橋村で田中吉政によって捕縛、翌月一日に三条河原で小西行長、安国寺恵瓊と共に処刑された。
現在は柵や旗などが復元されて非常に気持ちの良い場所となっています。山頂の展望台からは東軍、西軍両方の陣地跡がくっきりと見渡されます。
駐車場やトイレもあるので非常に行きやすいかと。是非行ってみてください。
2021年12月17日 ʀᴇᴅ副将軍
天下分け目の関ヶ原の戦いにおいて西軍大将の石田三成が本陣を布いた跡地⚔
オススメ度 ★★★⭐︎⭐︎
1600年の関ヶ原の戦いの際に西軍石田三成は関ヶ原の北西に位置する笹尾山に兵力5,820人の陣を布いたと言われています。
合戦の推移は史料により差異がありますが、概ね共通していることは、9月15日の午前中に戦闘が始まり、拮抗する中、小早川秀秋らの裏切りがあり、以降は西軍が崩壊したということ。
約半日で天下分け目の戦いは東軍の勝利で終結しました。
石田三成は、笹尾山ではなく、小早川秀秋が布陣した松尾山の近くにある「自害が峰」に布陣したという有力な説があることも注目です。
見所
関ケ原を一望でき、北国街道が押さえられる山頂です。
当時の三成に想いを馳せ、それぞれの陣跡を俯瞰することができます。
よく整備され、駐車スペースも充分にあります。